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2008年07月25日

ちりとてちん:その六

連続テレビ小説(朝ドラ)として初のスピンオフドラマ「ちりとてちん外伝 まいご3兄弟」が先行して関西ローカルで放映された.
全国放送がまだなので,なにかの間違いで当ブログでネタ割れしてしまうといけないのでストーリーについて詳細は書かない.
落語「宿屋仇」をモチーフに本編同様,小ネタ満載であるとだけは記しておく.

本編結末で,徒然亭若狭こと喜代美が落語家を引退してしまうことが少なからず賛否両論を呼んだが,「まいご3兄弟」を見る限り,全く落語から離れるということはしていない.
もちろん,喜代美が登場することはなかった.あくまで名前が出てきただけ.
しかし,むしろ,より強く密に落語に接していることが示唆されているようにも思えた.
子供をあやすのにも上下を切っているという.
演じ手としては引退しても,落語家の妻として,寄席小屋のおかみさんとして,また,落語作家として生きているのである. 徒然亭草々をこのドラマのストーリーテラーとして,創作落語の体裁で導入部が始まる.その新作落語の作家として扱われるのである.

先日,朝日新聞夕刊1面の連載で,上方の女流落語家がテーマに挙がったことがあった.
「ちりとてちん」は,実際の上方落語界にも少なからず影響を与えていたようである.
露の都,桂あやめ,共に母である.感情移入が強かったのだろう.
実際には女流の代表であるが故に,二人の分身ともいえるキャラクターだったので,結果的にはフィードバックなのだろうが.

想像するに,育児の手が離れたら,復帰することも考えられるし下座を勤める余地もある.
いくらでも勝手な想像で話が膨らみそうである.

2008年06月21日

船頭多くして…

色々と物議を醸している奈良平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターだが,“公式”「せんとくん」の他に「まんとくん」「なーむくん」という“有志”によるキャラクターが6/21現在で二つも出てくるという異例の事態になっている.
歴史には多少なりとも興味はあるし,隣県だし,近鉄電車で普通に乗っても30~40分で行ける所なので少し気になっている.
公式キャラクターの「せんとくん」は,かわいくないだの,気持ち悪いだの,仏様を侮辱しているだの,散々な言われようである.
かわいくない,気持ち悪いは,理解できる.デフォルメと単純化が進んでいないのでどう考えても着ぐるみ栄えがするとは思えないのだ.
しかし,納得できるようでちょっと考えると納得できないのが,仏教界の「仏様を侮辱している」という非難である.
一見,仏に獣である鹿の角を付けることは冒涜しているように思える.
だが,奈良の鹿は神の使い“神鹿”であり,春日大社に属する.江戸期には幕府が鹿の餌料を支給し,鹿を殺した者は死罪であった.それほどのものである.
さらに,興福寺と春日大社は,藤原氏の氏寺・氏神であり,明治期の廃仏毀釈を経験はあるものの,神仏習合のならいは守られ,一体のもので境界がないといっても過言ではないのである.
だから,仏の頭部に鹿の角というモチーフは,奈良を象徴するキャラクターとして全く問題ないのではないだろうか.

2008年05月24日

JIMMY COPLEY & FRIENDS / SLAP MY HAND

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90年代初頭以降,チャー先生の相棒として知られる,Jim Copleyの初のリーダーアルバムである.
ドラムスは演奏できないが,PSYCHEDELIX以来,私のフェイバリット・ドラマーである.
タイトで高らかなスネアが非常に特徴的な演奏である.
チャーの「SMOKY」はスタジオ録音だけでも,4パターンが知られているが,PSYCHEDELIXの「SMOKY」すなわちJimのドラム演奏のバージョンが最も良いと思う.
「SMOKY」は,リズムセクション,とりわけドラムスの決めが重要である.
最もJimが綺麗に決まっていると思う.突っ込み気味に聞こえるのに正確無比である.

参加ギタリスト達が豪華である.チャーはもちろん,Jeff BeckやMicky Moody,Bernie Marsdenら.
ベースには,Paul JacksonやVOW WOWファンでもある私には懐かしいNiel Murrayら.
ミュージシャンとしてJimがどれだけ信頼されているか想像に難くない.
PSYCHEDELIX以降,約10年間は,チャー&Jimのコンビネーションを聴いてきたせいか,チャー参加曲がとても手慣れた感じでしっくりくる.
ほとんどの曲が一発録りということに驚かされる.

そういえば,PSYCHEDELIXが始動した頃にチャー先生がJimを「ドラムのヤツは何回も叩きたがらない」と評していたことを思い出した.

十何年か前に学生の頃の友人(鍵盤弾き)に,PSYCHEDELIXの1stを聴かせたことがあったが,「Move on」の単純だが印象的なギターのリフとJimの演奏に感心していた.

2008年05月14日

ERIC CLAPTON THE AUTOBIOGRAPHY

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「エリック・クラプトン自伝」
Eric Claptonというアーティストを意識して聴くようになってこれまた20年である.
初めて聴いたのが『Back Trackin'』という2枚組のベスト盤である.はっきり言ってしまって最初は退屈だった.これが「ギターの神」と呼ばれる人の音楽なのか?と.
いくらおとなしくてもハイティーンの血気盛んな頃である.レイドバックサウンドよりもハードロックのほうに魅力を感じる.
まあ,いいところ,CREAMの「CROSS ROADS」止まり.なにしろ,ロックギターの系譜としてはEdward Van Halenに直接的に繋がっていく演奏である.
そんな印象だったのでまともに聴くのではなくBGM的に流していたら,じわじわと効いてきたのである.そうやってのめり込んでいった.
雑誌やムック本は除いても,彼の伝記本は,
「孤高のギタリスト/エリック・クラプトン」
「エリック・クラプトン・ストーリー(原題:SURVIVER)」
「エリック・クラプトン・コンプリート・クロニクル」
「エリック・クラプトンの軌跡」
「エリック・クラプトン/イン・ヒズ・オウン・ワーズ」
「エリック・クラプトン/レコーディング・セッション(原題:ERIC CLAPTON THE COMPLETE RECORDING SESSIONS)」
「エリック・クラプトン/スローハンド伝説(原題:Lost in The Blues)」
また,
「CRAEM/STRANGE BREW」
「名盤の裏側 デレク&ザ・ドミノス インサイド・ストーリー」
くらいは,これまで読んできた.
これらは,あくまで,第三者が著した本なので所詮は,本人へのインタビューが織り込まれたとしても外から見たことしか書けない.
しかし,今回は本人のペンによる本である.最も赤裸々で最も生々しい.

読み進めながらずっと思っていたのは,こんなデタラメな人間がいていいのかと言うことである.
ファンとして彼に興味を持ち続けている者としては,前述の伝記や雑誌記事等でだいたいどんな生い立ちでどんな人物で,というのは知っているつもりだった
が,それを軽く凌駕し,また,この人が大人になれたのは50歳を過ぎてからやっとだったのかということにも呆れた.
私ですら,呆れるのだから,『UNPLUGGED』や『PILGRIM』あたりから聴き始めた人などが,この本を読むと陰鬱な気分になるのではないだろうか.
よくぞ,ロックミュージシャンという職業があったものだと思う.完全に人間として破綻しているではないか.
それぞれの伝記を読むごとにショックに思っていたのは,好きな作品がグダグダの状態で創作されて録音されたことである.
例えば,映像作品として残っている『OLD GREY WHISTLE TEST(1977)』,これなどは,いかにもアルコール中毒まっただ中という印象を受ける表情で生彩を全く欠いているが,『THE ERIC CLAPTON CONCERT(1986)』は,それまででベストライブという評判だったし,私も少人数で気合いの入ったのびのびとした演奏が気に入っているのだが,このときですらアルコール中毒から脱していなかったと言うことである.
私がスタジオ盤で最も好きなのが,『MONEY AND CIGARETTES』である.地味だがノリの良い曲もある,少しカントリーっぽいイメージのアルバムである.しかし,これですら,かなりやっつけ仕事だったような書かれ方だった.
また,原文がそんなだったのか,翻訳が良くないのか,箇条書きのような文章であまり読みやすい文章とは言えなかった.

Eric Claptonという御仁,どうしようもない人物だが,そのどうしようもない人物の作品を20年以上に渡って,しかもプロデビュー時まで遡って好んで聴い
ている私のようなファンもどうしようもない人間なのだろう.

2008年05月07日

ちりとてちん:その五

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5月5日,6日の二日にわたって総集編が合計200分放送されたわけであるが,懸念していたことがまともに起こってしまっていた.
本放送時から,この相互に複雑に絡み合った個々のエピソードが総集編ではどのようにまとめられるのだろうか?と考えていたのである.
全151回あったので,単純計算で2265分(37時間45分)が200分にまとめられたと言うことは1/10以下である.
前編で100分中,約30分が第一週分に費やされていた.物語全体のキーとなるヒロイン・喜代美の祖父・正太郎との関わりに重点が置かれたのはよく理解でき
るが,重要と思われるエピソードがずいぶんととばされてしまっていた.
まんべんなく織り込むには無理があることは十分にわかっている.
・喜代美と清海の間に,結末近くまでしこりとして残り続ける恐竜の化石事件
・喜代美が草々に恋心を抱くきっかけとなったデタラメな辻占茶屋と,清海,草々との三角関係
・内弟子生活,高座名命名と大失敗の初高座
・清海が東京に行くきっかけとなる喜代美の告白
・草々の破門騒動
・親子ともども夫婦喧嘩
・清海の挫折・変貌と秀臣の塗り箸への思いの吐露
・小草若の失踪と復帰
ざっと挙げるだけでもこれだけある.
しかも,私は上方落語からこの作品に入っていったので,落語モチーフの大半が端折られていることが非常に不満が残った.
平均視聴率は,過去の連続テレビ小説でも最低.しかし,終盤近くには朝ドラとして数年ぶりに20%超を記録した.
ということは,この総集編でしか本作品に触れない人も多いはずである.そんな人たちにも魅力が伝わったのだろうか,「噂に聞いてて総集編を見たけど,全然面白くなかった」と感想を持たれると一回も逃さず見ていたファンとしては不本意である.

当初,低視聴率の原因がキャストの弱さにあるのではとの説もあったが,逆に突出したキャスティングでないからこそ,ヒロイン・喜代美の体裁をとってはいるが,その実,二つの和田家と徒然亭一門全員が主人公で濃い複雑な内容となり得たのではないだろうか.

5月21日から3ヶ月連続で完全版DVD-VideoのBOXセットが発売される.既にシリーズ3セット購入予約済みである.
「そこまで?」と問われても,「そう,そこまで」と答えるしかない.
落語は古典で同じ噺を聞いても,全く同じところで笑ってしまう.
女流落語家としてのサクセスストーリーではないながらも古典落語が物語を構成する各部品のモチーフになっているだけに笑いのツボも同じなのである.

2008年04月21日

Japan Tour '83 & Rockin' Shibuya 2007

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NIGHT RANGERの新旧ライブ記録である.
Japan Tour '83は,本国アメリカ合衆国でのブレイクの呼び水となった新宿厚生年金会館でのライブ映像のDVD-Videoによる復刻,
Rockin' Shibuya 2007は,C.C.レモンホール(旧渋谷公会堂)の昨年の来日コンサートのCD2枚組実況録音盤である.
なんだかんだ言いながらNIGHT RANGERも聴き始めて20年を過ぎた.
アメリカンハードロックで初めて聴いたバンドがNIGHT RANGERである.実はVAN HALENよりも先にNIGHT RANGERだったのである.
エレクトリックギターに興味を持ち始め,数多くのギタリストを漁り聴いていた頃である.
トレモロアームの名手がいるバンドと言うことで聴き始めた.すなわち私にとってはNIGHT RANGERはBrad Gillisである.
典型的なウェストコーストのアメリカンサウンドではないだろうか,爽快感とおおらかさ,そしてボーカルやツインギターのハーモニー.

1983年のライブはまだ2ndアルバムまでしか発表されていない段階で新鮮なパワー感が堪能できる.
かつて,VHSで所有していたが,あまりに見過ぎたため,テープがダメになってしまった.そのくらい見た作品である.
当時,日本での所属レーベルはワーナー・パイオニアだったのに,CBSソニーから発売されていた不思議な作品である.今回もソニーミュージックから発売された.
それ故に版権の問題でこのDVDでの復刻がかなり難航したことがライナーノーツに記されている.
本国で大ヒットしたSISTER CHRISTIANも収録されているが,まだ,バラードバンドのレッテルが貼られていなかった頃で,最もNIGHT RANGERらしいのではないだろうか.
画面をみると普通のバンドと異なっているのは,リズムセクションの二人がリードボーカルなので舞台上手にドラムセットが置かれていることである.
Brad Gillisのトレードマークである改造された赤いストラトキャスターもまだ真新しく,Jeff Watsonもレスポールである.

2007年のライブは,既に再結成から10年を過ぎている.このことだけをとってもあの解散がバンドにとって不本意なものだったとわかる.
とはいえ,オリジナルメンバーから二人入れ替わっている.しかもバンドの二枚看板のうちの一人Jeff Watsonがいない.
代わりに舞台下手に立っているギタリストは,Reb Beach.言わずと知れたWINGER~WHITE SNAKEのギタリストでもある.
WINGERも大好きなわけだが,タッピングの名手ではあるけれどもBradと同系統のギタリストだと私は思っていたのでRebのNIGHT RANGER参加は意外なことだった.
メンバーチェンジがあると言うことは,バンド内に不協和音が発生したということもいえるが,ノスタルジーだけでつながっているのではなく進化していると前向きに解釈したい.
そのことを如実に表しているのが,2枚組でボリュームがあるにもかかわらず,BradとRebそれぞれのソロコーナーがないことである.
これまでのライブ記録を見返してみるとどうもJeffはソロコーナーをもちたがったような印象を受ける.その辺りが脱退の遠因であるかも知れないと思ってしまう.
前述のBradの赤いストラト,引退させたと聞いていたがジャケット写真に写っているのでよくよく見てみると,80年代に市販されていたFernandes製である.
聴いていて違和感があるのが,Bradが左チャンネル,Rebが右チャンネルから聞こえてくることである.ミキシングが間違っているのではなかろうか.

NIGHT RANGERのライブ記録というと,このほかに映像で1985年の『7 WISHES TOUR』,映像と音声で1989年の『JAPAN IN MOTION』,解散・再結成を経て音声で1997年の
『ROCK IN JAPAN』がある.
かつては,アルバム『BIG LIFE』からの選曲が全くなかったが,今回の『Rockin' Shibuya 2007』では『MAN IN MOTION』からが全くなかった.

やっぱりJack BladesはNIGHT RANGERを主たる活動の場としてほしいとNIGHT RAINGERのライブパフォーマンスを視聴して強く思うのである.TMGは血迷ったとしか思えない.

2008年04月17日

食べるということ

「大食いタレント」なる奇妙な人種が発生して久しい.
もともとはテレビ東京系『TVチャンピオン』から独立したものであるが,他局が真似して大食いと早食いを混同し,死亡事故まで発生させたが,我こそは元祖と復活させて定着したものである.
が,私自身は決して嫌いな番組ではない.
自らの特異体質を生かして人々の耳目を集めるのであるから,一種の才能であるといえる.
名前を売り,元手を作って起業しようとする者もいるので,それはそれで結構なことだろう.

見ていて不快感を催す人もいることもわかる.しかし,よくよく見ていると,常連の出場者は非常に食べっぷりが美しい.
食べ方も頭脳戦である.スマートなのである.見ていて感心する.
逆に挑戦者たちには余裕がなく食べ方が著しく汚らしい.これは確かに不快感に同意できる点である.
食べ物を粗末にしているという意見もあるが,前述のように体質なので必ずしもあたらないと思う.
ただ,食べるという行為は,動物にしろ植物にしろ,他者の生命を犠牲にしているということに他ならないのである.
それだけ,大食い体質を持って生まれたことは業(カルマ)が深いということが言えよう.

ひとつこういうことを考えてみる.
特に肉料理の場合,競技中に出場者達の目の前で家畜を屠殺しながら調理して出してはどうだろうか.
自分たちの体質がいかなるものか,農畜産物の生命とそれを料理として作る手間暇に思いを巡らせながら競技に臨んでもらうのである.

仮に音声だけであっても,とても放送できるものにはならないであろうが,食とは根源的にどういうことかを視聴者にも考えさせる機会にはなろう.
おのずと昨年来,話題になっている賞味期限や消費期限を表面的な数値のごまかし問題にとどまったとらえ方ができなくなると思う.

2008年03月29日

ちりとてちん:その四

とうとう,終わってしまったな,というのが正直な感想である.しばらくは空虚感を持ってしまうと思う.
連ドラなので当然ながら始まりも終わりも最初から決まっているのであるが.

ここまではまり込んで見た朝ドラはかつてなかった.
私自身のタイミングとしては上方落語に本格的な興味を持って数年,定番の古典落語百数十の概略くらいは説明できるようになり,もっとも知識欲が深い頃である.
加えて朝ドラのヒロインの定義から外れた人物像が空々しくなくて共感と感情移入がしやすかった.
この作品ファンの大多数も同様ではないだろうか.
それから,感動的なシーンで盛り上げてその週が終わっても絶対に次の週の冒頭ですっとーんと鉛直下向きに落とされる.
90年代初頭に急展開のドラマを指して“ジェットコースター”と称したことがあったが,これはまさしくジェットコースターである.
第13週の最後,年末最後の放送で大晦日の除夜の鐘が鳴り終わった後,草々が壁を蹴破って喜代美を抱きしめ,「これからおまえが俺のふるさとや!」という名台詞を言って終わったかと思うと,年始一発目には,その後のなんともとぼけたやりとりが明かされる.
また,第25週最後には草若邸お別れ落語会で常打ち小屋の光明が見えたかと思うと,最終週冒頭では小屋の名前を巡って喧嘩から始まるのである.
最終回に至ってもやはり同じ.いろんな意味での母親になるという決意をみせたかと思えば,陣痛への不安から「どねしよ〜」で最終回が始まる.
普通の朝ドラならば,だいたい,最後1ヶ月で終わる気配をみせるものであるが,本作品はラスト2週でようやく結末の兆しが見えてきた.
この期に及んでまだ事件が起きるかという展開だった.
毎回,最後に流される「ただいま修行中!」の大トリは,喜代美の内弟子修行を描くために取材された,露の団姫(まるこ)と大師匠にあたる露の五郎兵衛だった.
露の五郎兵衛の弟子に上方落語史上初の女流,露の都がいる.

天満天神繁昌亭の計画が持ち上がって上方落語の盛り上がりを見せ,繁昌亭オープン一周年のタイミングでドラマが始まったわけであるが,上方落語を知らない人には,楽しみ方やネタの紹介といった入門編としての一面もあり,少し知っている人には脚本・演出に隠されたネタを楽しみ,もっと知っている人には,実際の上方落語界に起こった出来事をかき集めてモチーフとしたフィクションとして見せていたという,どの段階のファンにでも楽しめる作品になっていたことに放送が終了した今,改めて驚かされる.
前回書いた,草若邸が落語の常打ち小屋として姿を変えることは,大阪天満宮に隣接しているという設定から繁昌亭になぞらえていることは想像できた.
しかし,四天王の一人の死後,その持ち家が寄席に変わるということも事実から得ていることには気づかなかった.
笑福亭鶴瓶師が売りに出されていた師匠の六代目松鶴の旧宅を買い取り,勉強会の会場として「無学」という多目的ホールに改装したことがそれである.
ほかにも,死期を悟った草若の「生きるのが怖い」発言=枝雀師が鬱病を指して「死ぬのが怖い病」と称したことなど,様々なことが思い当たる.

撮影終了直後の記者会見でチーフプロデューサーが続編に意欲をみせたことが一人歩きしてしまって少々騒動になったようだが,一ファンとしては続編が制作されることはとても楽しみだし,嬉しいことである.
しかし,物語の結末時点で喜代美は33歳,貫地谷しほりさんの年齢は22歳で10歳も隔たりがある,ほかの出演者も同様である.
続編となるとその後から再開されるわけだからちょっと無理があるんじゃないかと思わざるを得ない.
一つの完結した作品として置いておきたいという気持ちもある.

既に総集編の放送予定が5月に決定している.前後編で計200分,泣きのシーンに偏らず,ちゃんとくだらないギャグの部分もバランスよく配されていることを期待したい.

2008年03月18日

地の利だけではない

3月17日付朝日新聞夕刊の芸能欄で梅田花月の昼を落語定席にした,うめだ花月花形寄席(花花寄席)が開かれるようになって2週間の記事があった.
初日は満席になったのに,あとは空席が目立つらしい.
天満天神繁昌亭のキャパシティは梅田花月よりも若干大きいくらいだが繁昌亭昼席は相変わらず盛況だという.
交通のことを考えると明らかに梅田のほうがターミナルなのでよいはずである.
松竹と吉本の新喜劇を比べればわかるが吉本興業は下衆な流行は作れても正統的な芸を売るのは下手なのではないかと思う.
文枝,林家,仁鶴一門を持っているのにもったいないことである.
松竹芸能は吉本興業の後塵を拝しているような印象だが,松竹新喜劇,春団治一門,笑福亭一門と,なんといっても上方歌舞伎を持っているのである.
とは言ってもミナミのメインストリートである道頓堀に陣取っていながらそれを生かし切れず,浪花座,中座,角座次々整理に追い込まれている現状にあるのも確かである.
どっちもどっちなのか.

2008年03月06日

荒蝦夷・熊谷達也著

文庫化を待っていた作品である.

三十八年戦争の発端となる伊治公呰麻呂が主人公で,クライマックスはいわゆる“呰麻呂の乱”である.
熊谷達也氏の前作としてはその三十八年戦争の中心人物となる大墓公阿弖流為を主人公に据えた「まほろばの疾風」があったが,作品としてはこの「荒蝦夷」と関連は全くない.
その辺りが,同時代を描いた高橋克彦氏の「火怨」「風の陣」に比べて見劣りがするように思う.俘囚,蝦夷の生活様式については熊谷氏のほうがそれらしいのかも知れないが.
宮本武蔵を題材にしても吉川英治とその他ではまったく描きようが違うことと似ている.実際のところ同時代に生きたからといって,沢庵や本阿弥光悦と交流があったかどうかは信憑性に薄いと考え
ている.
作家によって各々どう解釈して創作を進めるかということであり,仮説がこうだったら物語はこう進むということであらすじが決まるのだろう.

史料の上では,この伊治呰麻呂はまったく謎の人物である.乱を起こしたあとの消息が全く知れない.
俘囚長で多賀城の「夷を以て夷を制す」政策に利用されていたこと,乱の際に,按擦使・紀広純,陸奥国造・道嶋大楯を殺害することくらいしかわからない.
史料にある,大楯が呰麻呂に対して蔑むような冗談を言ったようなことは本作には出てこない.
人物像としては,冷徹で残虐な策士で,かつ,民衆・兵には人望厚く慕われていることが,前半は遠田押人,後半は道嶋御楯の目を通して描かれる.
この辺りの時代の歴史小説を読むと必ず前後関係がわからなくなってしまうので,必ず高橋富雄氏などの論著を読んで史実上の前後関係を再確認しなければならなくなる.
しかし,現在以上に歴史学,考古学的に劇的な進展が期待はできそうにないので,このような歴史小説を読んで思いを馳せるよりほかないのだ.

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