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2001年12月 6日

UNPLUGGED

この言葉が安易に使われるようになったのはいつからだろうか。
やはり、エリック・クラプトンのあのアルバムの大ヒット以降か。
昨今の日本での、2度とは来ないだろうと思っていた、フォークブームにも少なからず影響はあるだろう。

もともとの『MTV UNPLUGGED』というTV番組の音源がレコードとして発表されたのは、ニール・ヤングだったか、ポール・マッカートニーだったと思う。しかも題は「公式海賊盤」。

当初の企画は斬新で意義もあったと思う。
特にクラプトンのそれなどは、これまで、伝記等ではギターをはじめた10代半ばの頃にロバート・ジョンソンなどのデルタ・ブルーズをコピーしていたと書かれていたが、クラプトンが実際に生ギターでブルーズを原形に近い形で演奏したのは貴重である。

なのにである。

「Tears in Heaven」のヒットである。濃い目のファンの私としては何をいまさらと思ったものだ。
かの曲は『UNPLUGGED』ではなく、サウンドトラック『RUSH』がスタジオ盤のオリジナルである。
それにオクターブ落とした、Jazzyな「Layla」。これも貴重とは思ったが、のちのツアーではずっとこのパターン。
あの激しい、親友の妻との不倫の恋を歌ったラブソングが、こんなに落ち着いてよいものか!?と思った。
オリジナルの形で声が出ないのなら、やらないほうがマシと思った。

大ヒットで非常に陳腐な作品に成り下がってしまったように思えてならない。
当人も気に入っておらず、リリースを渋ったらしい。しかし、当人が気に入らない作品に限って売れてしまうのは皮肉なハナシである。


最近では、UNPLUGGEDと謳いながら、プラグインしてたり、訳がわからない。

最近街を歩くと、レコード店店頭などで宇多田ヒカルの『UNPLUGGED』がデモで流されていることが多い。
しかし、耳に入ってくるのを聞いて、「これはアンプラグドなのか?」と思った。
リズムが打ち込みではないのか?はたまた、アンプラグドらしさは出ているのか?

話をクラプトンに戻そう。

あのライブアルバムは、ロック(エレキ)・ギターの"神"エリック・クラプトンが生ギターで自分のルーツに戻ったのを、
耳にまた目の当たりにできるのが貴重なのである。
「Tears in Heaven」ではない。この曲を聴いて感動する若い女性が大勢いるであろうが、とんでもない話である。

クラプトンのようなギターを弾き、歌いたいとは思うが、人生まで真似しようとは思わない。
ヤク中でアル中、それ以前に女たらし。
世界一キツイ煙草、"Rothmans"を喫う。
今は禁煙しているが、なんともその理由が彼らしい。
「女の子とロマンティックな気分になってるのに痰が絡んで興ざめだから」だそうである。

最後まで残った病気は女癖の悪さのようである。

2001年12月10日

不遇の(?)ギタリスト

先ごろ(10/24)、4thソロアルバム『guitar_pure』を発表した、北島健二。

特別に売りの特殊テクニックなどは持っていないが、非常に特徴のあるギターを弾く人である。
印象的なリフ・ワーク、切り込むような鋭いリードプレイ。
ジェフ・ベックがスケベになったようなギターを弾くと評した人がいたらしい。

知る人ぞ知る日本のハードロックギターのカリズマである。

レコードデビューは高校時代の同級生の織田哲郎とともに"9th Image"で。
"WHY"解散後、数々のサポートなどで売れっ子セッションギタリストとして名を馳せつつ、2枚のソロアルバムを発表した。
れっきとしたバンドのセッションにも多数参加しているので、そのバンドのギタリストが弾いていると思っていたら、
実は北島健二のギターだったということが多々あるのである。例えばプリンセス・プリンセス。

数年後、出たがりのマネージャー、Y氏の企てにより、ドラマーの山田亘、ベーシストの西村麻聡とともに
デジタル・ビートを取り入れたハードロックバンド"FENCE OF DEFENSE"が結成された。

それに目を付けたのが小室哲哉。
今でこそ、自分の限られた手持ちフレーズの順列・組み合わせだけで曲を書き、
まともなオーディションで次点どまりの女の子の実力を上げ底した挙句、ポイ捨てにしている印象しかないが、
'84~'86年当時、TMネットワークでは、実験的なサウンドメイキングを試みていた。
FOD丸抱えでツアーサポートに使おうとしていたが、北島が余りにセッションワークで多忙なため、実現しなかった。
そこで北島は自分の代わりを紹介した。「あいつ、なかなかいいよ~」当時、浜田麻里などのサポートを勤めていた松本孝弘である。

FODのレコードデビューが具体的に進むにつれ、西村もFODに専念するため、TMのサポートから抜けた。
TMネットワークの人気がブレイクしたのがその後である。
TMの人気とともに松本孝弘の人気も上がっていき、インストゥルメンタルのソロアルバムも発表し、B'zも始動した。

一方、FODは一定の人気は保っていたものの、パッとした人気は出ないまま現在活動休止状態である。
3人とも両手が塞がって派手なライブパフォーマンスができなかったこともあるかも知れないし、
自称"重くて暗いバンド"だったせいもあるかも知れない。

ここ数年は、田村"SHO-TA"直美のプロジェクト、"PEARL"にカーマイン・アピスらとともに参加したり、
2年前に3rdソロ、『WILD FLOWeR』を発表。この作品では自らも積極的に歌っていたが、ギターの片手間という印象は拭えなかった。
しかし、今回の4thソロでは、すべての楽器をこなし、ゲストヴォーカルに坪倉唯子を迎えているものの、見違えるほどヴォーカルは力強くなっている。

声を大にして言いたい。

サウンド・メイキング、リズム感、プレイ・センス。全てにおいて松本孝弘なんぞより格段に上である。

実力と人気が比例しない好例である。

余談:
機材倉庫にある私のオリジナル・ストラトに搭載しているハムバッキング・ピックアップ、
ESP LH-200は、北島健二がヤマハとエンドースする前に使用していたことで有名である。

2001年12月13日

「ヤングマン」

このタイトルを聞くと西城秀樹の代表曲を思い出される向きも多いことと思う。
もうすでに20年以上の時が流れているが、小学生でも知っているのではないだろうか。
はつらつとした“若者賛歌”であるのは誰もが認めることであろう。

少し知っている方ならば、この曲がオリジナルでなく、'70年代末期のディスコブームのときに
“Village Peaple”なるディスコバンドが飛ばしたヒット曲のカバーであることが思い出されるであろう。

この曲、原題を「YMCA」という。そのくらいはご存知だろう。歌番組では「ヤングマン(YMCA)」と字幕が出ていたはずである。
そもそもYMCAとは、Young Men's Cristian Associationの略である。
日本では、英会話教室などで有名であり、アメリカ合衆国各地にはYMCAが主宰するユースホステルも数多く存在する。
それが何ゆえに、ディスコという歓楽街に存在する娯楽施設で流れる曲のテーマになるのか?

これは、レコードのライナーノーツに書かれていたことであり、ゴシップでもなんでもない。
名前は失念してしまったが、Village Peapleのリーダーは、ゲイのパリジャンなのである。また自分がゲイであることを誇りにしていた。
そして、YMCAのユースホステルは同性愛者が集うということが、ある筋では公然の秘密となっている。

「ヤングマン」のサビは“素晴らしいYMCA♪”である。
一方、「YMCA」の原詞では“Let's Go to Stay at the YMCA♪”なのである。

もうお分かりだろう。
この曲は若者賛歌でもなんでもない。
『同性愛者同志諸君!YMCAに集おうではないか!!』
という内容なのである。

私はこのことで何人もの友人に軽いショックを味わわせてきた。話のネタにはもってこいである。
国内の音楽しか聞かない友人を相手にしたときの楽しみの一つである。

海外のロックなどを聴いていると、こういう(悪趣味な)楽しみも一つ加わるのである。

ちなみにVillage Peapleには、「In the NAVY」という曲もある。NAVYとは海軍である。
(この曲もピンク・レディが「ピンク・タイフーン」としてカバーした)
発表された当時は合衆国国内でも、ベトナム戦争の反省もあり、戦争賛美曲である、と、かなり非難されたが、
真の意味は、もう解説するまでもないだろう。

2001年12月24日

パクリかオマージュか?

さて,これはどう判断するか?そのミュージシャンの態度によるだろう.

例えば,佐野元春の名曲「SOMEDAY」はブルース・スプリングスティーンの「HUNGRY HEART」にそっくりと言われている.
また,スタイル・カウンシルにそっくりの曲もある.
でも,パクリとは呼ばない.これは,「この人の音楽に感動を覚えました.」という態度が読み取れる.
ラジオやインタビューでそれとなく宣言されているのである.

また,CHARの曲にもジミ・ヘンドリックスの「FOXY LADY」に良く似た「FINGER」や「FIRE」に似た「FEEL THE GROOVE」と言うのもあるが,CHARのファンの大半は,ジミヘンなど常識的に聴いている.だから,パクリとは解釈しない.
わかりきっていることであり,アーティストとファンの同意が無言のうちに取れているのである.
それにパクリどころか「MANIC DEPRESSION」などのカバーもライブでは披露するほどである.
逆にパクリと言うほうが,認識不足を指摘されて恥をかくだけである.

では,パクリと解釈するのはどんな場合かと言うと,80年代の前半,米のHRバンド"NIGHT RANGER"のデビュー曲「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」のイントロのパターンがシブがき隊の曲でまるまる使われた.
来日を招聘したイベンターは青くなってメンバーに聞かせないようにピリピリしていたらしい.
実は,その前にすでに知っていて,ジョークにしていたらしいが.
最近では朝娘。の曲に書いたのがまともに70年代末のディスコのパクリである,つんくである.
要するに主だったリスナー層が知ってるか知らないかを意識しているかどうかで「どうせ知らないんだから,使ってやれ」というあざとさが見えるかどうか,これに尽きる.
B'zの曲にしても,リスナーがLED ZEPPELINやDEEP PURPLEに遡るのか?というところで分かれるだろう.

隠れたパクリの名手が大滝詠一である.
こんなエピソードがある.とある自他ともに通と認める音楽ライターが大滝詠一に意を決して恐る恐る尋ねた.
「あの~,大滝さん,今度の新作のあの曲って,○○の××と●●の△△とをパクッてませんか?」
答えた大滝詠一のたまわく,
「あれ?二曲しか分かんなかった?」
実は,もっとパクッてたのである.彼のほうが上手である.
しかし,重箱の隅を突付くごとくマニアックすぎて,さしものライター氏も分からなかったのである.
ここまでやれば,立派である.ある種,パクリとはこうあるべきかもしれない.

恐るべし,大滝詠一.
つんくも有名どころをパクッてないで,彼を見習え!

2001年12月27日

BLUES MUSIC

12/26深夜フジTVで『the roots of music Vol.1 BLUES』という番組が放送された(関西TVではあったのだろうか).
なかなか,興味深く見ていた.

ココ10年ほどで「気分はブルー」などという言い回しもすっかり定着したが,なぜ,憂鬱だとブルー(Blue)=青かご存知だろうか.

アメリカ南部,奴隷制が厳然と存在した時代,農場でアフリカから連れて来られた黒人たちは働かされていた.
晴れたら過酷な労働が待っている.「忌々しい青空め 」というわけである.

この言い回しをするヤツに限ってBLUESなど聴かないのが腹立たしいが.

ちなみにブルースではなく,ブルーズと発音するのが正しい.

2002年1月17日

やっぱりオリジナル

 シンガーソングライターと呼ばれるミュージシャンは自作自演のほかに時として,
作曲家-作詞家として他の歌手に曲を提供することがしばしばある.

 そしてよく行われるのが,その提供した歌手に遅れて自ら行う逆カバーである.
で,これまたその方がよい場合が多いような気がする.

例をあげると
「セクシー・ユー」(郷ひろみ) →「モンロー・ウォーク」(南佳孝)
「けんかをやめて」(河合奈保子)→「同」(竹内まりや)
「セーラー服と機関銃」(薬師丸ひろこ)→「夢の途中」(来生たかお)
などなど….

 結局,自分の声質に合った曲を書いてしまったり,持っている情緒が滲み出るのか,
作曲者自ら歌うほうが世界観が明確なような気がする.

 ただ,個人的な好みに過ぎないかもしれないが逆のケースが若干ある.
松任谷由実のペンによる「まちぶせ」(石川ひとみ).
後にユーミン自らも歌っているが,彼女の歌い方は,どうも表情が感じられず,
逆に石川ひとみの声,唱法ともに,とても日本のポップス的情緒にあふれているように感じられてならない.

 しかし,オリジナルであっても超えられないほど自分の世界を持った歌手がいた.

美空ひばり と 山口百恵 である.

 美空ひばりは言うまでもなく,昭和歌謡史の金字塔である.
我々の年代以下の年齢層では,演歌の印象が非常に強いが,彼女ほど様々なリズム形態で歌え,
幅広い音楽性を持ち合わせた人はいなかった.
 ある音楽評論家が,「美空ひばりは日本のデヴィッド・ボウイだ」と評したのを別の音楽評論家が
「デヴィッド・ボウイがイギリスの美空ひばりである」と反論したことがあった.
「愛燦燦」は,見事に小椋桂の世界を取り込んでしまっていた.

 山口百恵にはかなり多くのニューミュージックやロックのミュージシャンが曲を書いている.
「ロックンロール・ウィドウ」では宇崎竜童,「秋桜」ではさだまさしの曲をその強力な個性で自分のものにしていた.
「いい日旅立ち」は,作詞作曲を依頼された谷村新司が,苦心惨憺した挙句仕上げたものの
自身では,イマイチと思ったが,取り敢えず聴かせてみようと電話口でギターで弾き語りをした.
「すごくいいと思います!」との反応に掌を返したように「…でしょう!?」と
思わず賛同してしまったのは有名な逸話である.
 後に国鉄の同名のキャンペーンソングとして大ヒットしたのは,言うまでもないだろう.
私は谷村新司が歌ったバージョンも好きであるが,やはりこの曲は山口百恵だろうと思う.
 “横須賀 恵”のペンネームで作家としても活躍していたので文学的表現力に長けていたのだろう.

 ただ,同じ谷村新司の「昴」は美空ひばりが歌っても,決して頭の中に中国大陸の大平原の光景が広がることはなかったが,
この確固たる日本人的情緒による彼女の歌の世界が戦後の復興の礎の一端を担ったのかも知れない.

2002年2月 5日

いまさら

 元・聖飢魔IIのリズムセクション,"ライデン湯沢"こと雷電湯澤と"ゼノン石川"こと石川俊介,サポートキーボーディストだった"怪人マツザキ様"こと松崎雄一によるフュージョンユニット"RX"が気に入ってしまい,聖飢魔IIを改めて聴いている.
聖飢魔IIといえば,「蝋人形の館」「STAINLESS NIGHT」「白い奇蹟」くらいしかご存じないかもしれない.
私もこれまで"極悪集大成教典":『WORST』などは聴いていたが,どちらかというと好き,程度だった.
ところがRXを気に入ったので,ちょっとオリジナルアルバムを聴き返してみようと思い,
『THE OUTER MISSION』を中古店で求めた.
お気に入りの曲も収録されていたし,元レベッカの土橋安騎夫プロデュースという変り種でもあった.

キャッチーなメロディ,スケールの大きなノリのいいミディアムテンポのシングル曲「THE WINNER!」「LUNATIC PARTY」聖飢魔II流のファンク・ナンバー「LOVE FLIGHT」,ゴジラの咆哮がSEに入った「害獣(けもの)達の墓場」などがあるが,秀逸なのは,ギターソロで8小節ずつJAZZYな4ビートとパワフルなハードロックの速弾きが交錯する「RATSBANE」である.
ギタリストはルーク篁,エース清水の二人居るが,リズムセクションは一組である.8小節ずつリズム形態が切り替わるというのは大変である.
それに大へヴィメタル・ナンバー「不思議な第3惑星」.
よく,英詞で何かの拍子におポンチな日本語に聞こえて笑ってしまうことがあるが,一曲まるまる意図的に作詞している.
1コーラスだけ紹介する.

Want some beat? Want some beat?
Talk at a sheep,shall (the) bull leads to care~
Wants some beat? Want some beat?
Talk at sheep,Know me! Come in!
All I know.Oh,soon she needs,want some beat. Oh,tap your lead!
Hanna needs going to keep the...Oh,gutar! More damn it!

訳詞として付いているのが

ビートが欲しいだろう ビートが欲しいだろう
信者に語りかけよ 神の教書は加護に導くかい?
ビートが欲しいだろう ビートが欲しいだろう
信者に語りかけよ 私を知れ 私の元に入れ
私は全知である 彼女は遅かれ早かれ ビートを欲し必要とする さあリードを弾け
聖ハンナは...おお,ギターを持つことを必要としている 何ということだ....

これが実際にはどう聞こえるかというと,

ワサビ!ワサビ!唐辛子しゃぶりつけ!
ワサビ!ワサビ!唐辛子飲み込め!
俺のお寿司に,ワサビをたっぷり
鼻にスコーンと来た!おお,来た!もお,ダメ・・・!

コレがあと2パターンつづくのである.大したものである.

2002年2月 9日

両極端

 私が高校生の頃,バンドブームの直前で,ビート系がチャートをにぎわすようになり,その兆しは見えかけていた.

 その頃は,バンドはやっていなかったが,国内ものでは,鈴木賢司やヴァウ・ワウあるいはフュージョン系,
海外物でもヴァン・ヘイレンやナイト・レンジャーといった,非常に演奏の難度の高い物を好んで聴き,ギターを弾いていた.
国の内外を問わず,かなりテクニカルなものを好んでいたのである.

 周りでも自分も含めて楽器を弾くヤツがかなりいた.しかし,コレが両極端なのである.
国内のバンドをコピーするヤツ等は,ボウイやバービーボーイズなどのテクニックをさほど要しないものをコピーし,
海外のバンドをコピーするヤツ等は,イングヴェイ・マルムスティーンやレーサーXなど相当に難度の高いものをコピーしていた.
逆に国内ものでラウドネスやカシオペアといったハイ・テクニックを要するアーティストをコピーするヤツは居なかったし,
海外もののビート・バンドをやるヤツはいなかった.

 この現象は何だったのだろうか?カラオケと共通するように思えてならない.
国内に限るが,ここ何年かというもの,カラオケで歌いやすい曲ばかりヒットする.
素人に歌いやすい曲をプロフェッショナルの歌い手が歌ってプロのプロたる所以はどこへ行った?
ただ,手本,いや,形を供しているだけではないのか.
レコード会社もそんな売り方が消耗を早めるだけですぐに行き詰まりが生じてタマ切れになることに気づかないのだろうか.
昔は,ポップ・シングルと言えどももっとインターバルが長かったはずなのだが.
プロならば,
「お前らには,こんな難しいことは出来んだろ,悔しかったらやってみ?」
という気概を作品の中で主張してほしいものである.
これは,巷に溢れる凡百の珈琲店の店主にもまったく同様のことを言いたい.

2002年2月23日

ELECTRIC GUITAR

 機材倉庫を見ていただいて分かるように,私の好みのエレクトリックギターは,フェンダーを基本としたギターである.
エレクトリックギターに興味を持ったときに,たまたま,好きだったギタリスト(エディ ヴァン ヘイレン,ブラッド ギルズ,鈴木賢司,佐橋佳幸,安藤まさひろ...)がそろってストラト系を弾いていたからに過ぎない.
 最後の決め手はエリック クラプトンである.60年代にクラプトンのファンになっていたら,ギブソン派だったかも知れないが,
約40年のキャリアの中で70年代初めから現在までなので,なによりストラトを使用している期間のほうが圧倒的に長いのだ.

 フェンダー系のギターの魅力というのは分解できることである.私はギターを購入すると必ず帰宅して一番に分解する.
そうやって,ギターの機構を理解しつつネックの角度,個々のサドル高にいたるまで自分の気に入ったように調整していくのだ.
特にフェンダー系は可動部品が多い.
楽器としてよりもおもちゃの感覚が強いのかも知れない.トレモロ・アームが好きなのだ.
クラプトン以外の好きなギタリストはほとんどがアームの使い手である.

 レス・ポールやSGといったギブソン系ではこうはいかない.
ギターとしてカッチリまとまりすぎていて,いじる気が起きないのである.
ネック接合がセットネックで接着してあるので,角度は変わらないし,ギターによっては全く調整の余地が無い.

 他にもオリジナリティに溢れた,ダン・エレクトロやリッケンバッカー,グレッチなどがあるが,華奢な印象しかなく,私の趣味ではない.
リッケンバッカーで私のようにアームユニットを激しく動かしたら,ギターが簡単に壊れる.それにジョン レノンの印象であるのもいただけない.

 数年前に,鮎川誠氏が「DOS/Vブルース」という著作を発表した.
鮎川誠といえば,黒のレス・ポール・カスタムをトレードマークとしためんたいロックの旗手"シーナ&ロケッツ"のギタリストである.
パソコンのイメージとはかなり縁遠い.
この著作は未読で申し訳ないが,ギター雑誌での紹介によると彼の印象では「DOS/V=ギブソン,Mac=フェンダー」だそうである.
私の考えとは全く逆である.

 私のオリジナル・ストラトを見て頂くだけでも少しは理解できると思うが,
フェンダーのギターはかなり自由なカスタマイズが可能でオリジナルと程遠い印象のギターが多く存在する.
フェンダー・カスタム・ショップによる"公認"改造アーティストモデルも多い.
外見上の違いは無くても電気的に全く異なる大胆な改造もキャビティが大きくあいているので可能である.
反してギブソンのギターを派手に改造した人はあまり見かけない.せいぜい外見上影響を与えない部品の交換程度にとどまってしまう.
外見を変えることが心情的に出来ないギターなのである.

 PCは自作といえばDOS/Vマシンであり,複数のOSも搭載可能であるが,Macは自作はおろか改造も不可に近く,専用のMacOSしか搭載できない.
やはり「DOS/V=フェンダー」「Mac=ギブソン」であり,誤解を恐れずに言うならば,DOS/V=理系,Mac=文系という印象もある.

 工作と,自分なりの調整が大好きな私としては,ギターはフェンダー系,PCはDOS/Vマシンである.

注)
本来DOS/Vマシンという呼び方は正しくなく,IBM PC-AT互換機と呼ぶのが正しいはずであるが,この呼び方もISAバスが事実上なくなったので必ずしも正しくない.
最近はOADGという規格も耳にしなくなった.DOS/V自体ももはや単独では存在しないので誤りなのであるが通りが良いので便宜上使用している.

Macintoshに搭載できるOSも実際にはMacOSだけでなく,MK LinuxなどのPC UNIXも搭載可能であるが,MacでLinuxを搭載してフル稼働させているという話はあまり聞かない.

2002年2月24日

印象深いコンサート

 当サイトを含め,いろんなところでフェイバリット・アーティストはエリック クラプトンだと言っているが,
実は,コンサートは一度しか行けていない.もう,10年以上前にもなってしまう,「Journey Man Tour」である.
日本ツアー,大阪では大阪城ホールで催された.
 電話予約開始日,なかなかチケットが確保できず,ようやく電話が繋がったと思ったら,立見席しか残っていなかった.
仕方が無い,立見だから行かないなんて,次はいつになるか…,そのまま予約した.
周辺の友人にクラプトン・ファンはおろか洋ロックファンも居ない.当時付き合っていた女の子を誘うことも出来なかった.
 コンサート当日,立見は席が決まっていないので開場時間に先立つこと1時間半前に大阪城ホールの立見席客用入り口にいた.
近くに居た人と少々マニアックな音楽談義をしながら待っていたのでさほど退屈はしなかった.
いざ,開場時間が近づくと,イベンターから何か告知があるようだ.
会場を設営してみたら,ステージ横に余分にS席が出来てしまった.千円足せば,S席になる,というのである.
迷わず,千円足した.立見席は三階席の一番後ろになってしまうのである.S席にしたほうが得策と思えた.
会場に入ってみると,ホントにステージの真横である.
が,開演時間になり,客電が落ち,幕も落ちてエリック クラプトン&ヒズ・バンドが現れると,あることに気付いた.
コンサート会場はピンスポットの光条を見せるためにスモークを焚いている.
それがステージの真横だと,ピンスポットの光条がまともに見える.
そのときは,クラプトンのギターにスポットライトが反射する光条も見えるのである.非常に幻想的だった.
場所的には音のバランスは最悪かも知れないが,その場では臨場感が味わえればそれでOKなのである.

 BLIND FAITHがオリジナルの「Can't find my way home」をベースのネイザン イーストがアップライト・ベースを弾きながら
歌ったのも印象的だった.

2002年3月10日

名曲

ロックは流行歌である.このことには誰も依存は無いだろう.しかし,残るべくして残る名曲は数多ある.

The Beatlesにしろ,The Rolling Stonesにしろ多くの曲が名曲として多くの人に記憶されている.
ラジオからも頻繁に聞こえてくる.オンタイムの曲ではないのに,だ.
他にもLed Zepplinの「Stairway to the Heaven」や,Grand Funk Railroadの「We're an American Band」,
The Doobie Brothersの「Long Train Runnin'」などは特によく聴く事が出来る.

しかし,日本国内のロックでも名曲と呼ばれている曲も数多くあるはずだが,ほとんどラジオから流れることは無い.

例えば私の敬愛するチャーの「SMOKY」.
雑誌等で日本ロック史云々の特集があると必ず取り上げられる,日本人離れしたリズム感とスピード感のある全英詞の名曲である.
シングルにはならなかったが,コンサートでは定番のチャーの代名詞とも呼べる曲だ.しかしラジオで流されることはあまり無い.

昨今,チャートを駆け上がる曲といえば,ドラマやCMとのタイアップ曲ばかり.ごくまれに曲の魅力だけでじわじわと浸透してくる曲もあるが.

クリスマスソングの定番となっている山下達郎の「クリスマスイブ」ですら,タイアップが長年に渡るヒットのきっかけである.
名曲には違いないが,私の印象では山下達郎は冬を歌う人ではない.夏を歌う人である.

ラジオから聞こえるのは,そのときの最新チャート曲のみ.いかに作品を軽んじて浪費していることか.
このことにレコード会社もリスナーも気付いているのだろうか.

本当に聴く耳をもった音楽ファンが少なくなった証左なのだろう.
中古レコード店に行くと良くわかる.同じCDが数多く並んでいる.すぐ飽きられて処分されたCDたち.
かなり高価な限定発売のボックスものも少なくない.そのなれの果てが中古店に大量入荷なのである.
レンタル店に同じ物が何枚も並ぶようなToo Muchなものには興味は湧かない.
予定調和で聴いていて発見もスリルも無いからだ.

2002年4月20日

ヘンな邦題

 欧米とは異なる言語体系をもつ日本では,洋画にしろ,洋楽にしろ,原題に加えて邦題というものが付く.
 映画の場合には,作品そのものの時間が長く,台詞は字幕,あるいは吹き替えなので,原題とはかけ離れていても,内容を言い得た邦題がつけられることが多い.
 ところが,音楽の場合には,直接歌詞の内容が伝わってきにくい上に,作品の時間が短いために突拍子もない邦題が付けられることが,ままある.
 1950~60年代のアメリカン・ポップス全盛期には,やたらと枕詞のように「悲しき○○」という邦題が付けられた.歌詞の内容を見ても全く悲しくも何ともないのに.また,これが“悲しき”とか“涙の”と付くと必ずヒットするのである.なんと日本人と言うのはお涙頂戴が好きな民族なのだろう.
 
 最近では,英語をそのままカタカナ表記にしただけで,邦題らしい邦題が付けられることはめっきり減ってしまった.せいぜい前置詞を省略する程度である.
 また,昔の作品で邦題があったものでも現在では邦題が外されていることも多い.例えば,1975年発表のJEFF BECKのフュージョン-インストゥルメンタル路線第一弾『BLOW BY BLOW』.現在レコード店に並んでいるCDにはカタカナで『ブロウ・バイ・ブロウ』と表記されているが,発表当時,『ギター殺人者の凱旋』と名づけられていたのである.歌詞のないインストゥルメンタルで唯一の言葉でこんなブッとんだ邦題がどうやってつくのか名付け親のセンスについて非常に興味深いものがある.もう一例,1983年発表のアメリカン・ハードロック・バンド,NIGHT RANGERのデビュー・アルバム『DAWN PATROL』.これも現在では『ドーン・パトロール』と題されている.当時の邦題は『緊急指令N・R』“RANGER”という単語から連想された邦題だとは思うが,ごたいそうな言葉を選んだものである.さらにデビュー・シングルとしてカットされたのが「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」,邦題が「炎の彼方」これはマイナー気味の曲調ででスピード感のある曲だから百歩譲って良しとするか.
 
 とにかく'70~'80年代のハードロック系はこの手のネタには事欠かない.最も笑わせてくれるのが,VAN HALENだろう.列記してみよう.
 『VAN HALEN』→『炎の導火線』
 「ERUPTION」→「暗闇の爆撃」
 「AIN'T TALKIN' 'BOUT LOVE」→「叶わぬ賭け」
 『VAN HALEN II』→『伝説の爆撃機』
 『Women and Children First』→『暗黒の掟』
 「COULD THIS BE MAGIC?」→「戦慄の悪夢」
 なんの脈絡があるのか,はたまた,名づけた人は事前に歌詞を読んだり,曲を聴いたりしたのか,特に「COULD THIS BE MAGIC?」などは可愛らしい,JAZZYな曲調なのである.それが「戦慄の悪夢」とは….
 
 もう一題.伝説のブルーズマン,ROBERT JOHNSON.彼の活動したホンの数年のうちの全録音,29曲,41テイクを収めたCD2枚組の『THE COMPLETE RECORDINGS(全録音)』.この各収録曲にも逐一邦題が付けられている.「○○のブルーズ」というのが基調である.それはいい.しかし,なんともトホホな邦題がつけられてしまっている曲がある.しかもROBERT JOHNSONを象徴する曲であり,ERIC CLAPTONのCREAMでの名演でも有名な「CROSS ROAD BLUES」である.CREAMの『WHEELS OF FIRE-クリームの素晴らしき世界』(この邦題も如何なものかと思うが)では「CROSS ROAD」→「十字路」という邦題が付けられていた.
 さて,『全録音』ではなんとつけられていたか…?
 
 
 「四ッ辻ブルーズ」
 
 決して間違ってはいない.非常に正確な訳である.
 しかし,『全録音』リリースはクリームのアルバムより後なのだから,「十字路のブルーズ」で良かったんじゃないか?

2002年6月 8日

ちゅうぶるどう

 私は中古レコードをあさるのが好きである.旧譜となると,まず,簡単に見つかりそうなら中古盤が無いかどうかから始まる.
何かを始めるに当たっては何かのきっかけが大抵あるものである.
私の中古レコードあさりはどこから始まったか.
それは高校生の頃にさかのぼる.
当時,渡辺美里が好きで,彼女がパーソナリティを務めていたラジオ番組等は欠かさず聞いていた.
そして,コンサートツアーのサポートメンバーのミュージシャンもゲスト出演することもしばしばあった.
同時に宮原学も好きで,彼の番組も当然聴いていた.
 彼らが相棒として頼り切っていたミュージシャンが,当時からアレンジャー兼ギタリストとして頭角を現し,
現在では大御所アーティストの信頼も厚く,自らも“山弦”で活躍する佐橋佳幸だった.
私は当時,ロックバンドの中での彼のアコースティックギターの使い方が非常に気に入っていた.
エレクトリックギターのプレイでも安定したリズムで,リードプレイは反対に良い意味で荒削り,ワイルドな演奏だった.
それぞれの番組中で佐橋がデビューした頃の話も出ていた.
彼は“UGUISS”という,ヴォーカルに山根栄子を擁したアメリカンロックスタイルのバンドでデビューした.
ところが,デビューアルバムの『UGUISS』をメンバーの誰も所有していないと言うのである.
そういう話を聞くと,そのレコードを聴きたくなるのが人情である.
 “UGUISS”は既に解散しており,年数も経ているので当然廃盤である.中古レコードを探すしか方法はない.
ミナミのアメリカ村や,東心斎橋,キタの大阪駅前ビルなど,めぼしい中古レコード店の密集地はほとんど回ったが見つからなかった.
探しているうちに,横目に入るもので気になるレコードは片端から買っていった.
当時既にCDプレーヤーは所有していたが,何せ,新品CDの1/3以下の価格で盤質良好や新品同様のLPが入手できるのである.
中古で買ったアナログ・レコードやCDの数は増えていったが,当初の目的の“UGUISS”は見つからないまま10年が過ぎ,
中古レコード店巡りのきっかけになったレコードのことなどすっかり忘れていた.
 そのころにはERIC CLAPTONのアルバムなどは,最新から『FIVE LIVE YARD BIRDS』や『What's Shakin'』に至るまで,オリジナルアルバムの95%までがそろっていた.
ところが,ある日,家から自転車でも15分程度のところにある,よく行く中古レコード店の邦ロックコーナーで何か面白そうなのはないかなと,LPを繰っていると,
ジャケットの左上方にペンで手書きしたような“Uguiss”の文字.裏ジャケットには若き日の佐橋佳幸や山根栄子らメンバーの写真.
間違いはない.あまりの驚きに左胸が一瞬痛み,そのレコードを持った両手が軽く震えた.
本人達すらもっていないレコードが,大阪の田舎町の隅にあるような中古レコード店で見つかったのである.
 実に10年越しである.

 他にもアン ルイスのアルバムで,現在は廃盤でチャー・ファンには垂涎の『HEAVY MOON』,CDを一般市場で探すのは非常に困難,
そのため,ネットオークションにかかると万単位の価格が付く.
これが,中古アナログ価格で1600円で普通に並んでいるのである.

 廃盤や品切れになって,欲しいLPやCDが入手できないと諦めてらっしゃる方も多いかと思うが,
ことあるごとに中古店を覗いていれば,何となく見つかってしまうものである.
しかも,見つかることを切望しないことである.一所懸命にならずに気長に,何となく,というだけである.

2002年6月22日

歌姫が聞いて呆れる

 メガヒットを放つ,若い女性歌手,浜崎あゆみ,宇多田ヒカル,倉木麻衣,etc….
彼女らは歌姫などと呼ばれて,誉めそやされている.

本当に彼女らはそんなに歌い手,いや,ヴォーカリストあるいはヴォイス・プレイヤーとして実力があると言えるのか?

浜崎あゆみ:
あるとき早朝のニュース・ワイドショーの芸能コーナーで見たときに彼女が取り上げられていた.
「今までコンサートを行わなかったのは,2時間歌い続けるだけの持久力・体力がなかったから」
ナニ!?そんな女の子が歌姫!?ちゃんちゃら,おかしいわ.
最近は何とか,ステージが出来るようになってはいるらしいが,全国何十箇所というツアーに出るという話は現実的ではないのだろう.
同じ番組の別の日,アジアのどこぞの国のイベントで大会場で歌ったのが流れたこともあった.
非常にしんどそうに歌う姿で,ぼんやりと見ているはずのこっちまでしんどくなる.ラジオやCMで歌声が聞こえてくるだけでしんどい.
本人は,辞めたがっているという話も聞く.早く解放してやったほうがいいんじゃないか.

宇多田ヒカル:
ミュージシャンとして,センスはあるし,リズム感がよく,英語も母国語と言ってもいいくらい幼い頃からの本場仕込.
この3人の中ではもっとも認めたいとはおもうが,無理な音域は使うべきではない.
歌詞などハッキリ言って,声を聞かせるための手段に過ぎないものだから聞き取れる必要はない,と私の意見としてはあるが,
そうは言っても,歌詞付きで歌うからには,言葉が聞き取れる音域が無理なく聞きやすいことに繋がると思う.
意外に音域が狭いじゃないか,というのが結論である.
例の病気が原因でこれに拍車がかかるんじゃないかと心配する.部位が部位だけに.

倉木麻衣:
宇多田ヒカルのパチモンと言われて問題に発展したこともあったが,正直言って私の印象ではそこにも届いていない.
ラジオ等で聞こえてくる限り,全く声量がないコだな,と思っていた.体型もあまりに華奢であるし.
このことをある人に言ったことがあるが,「実際のライブだったらどうかわからない」と言われた.
まあ,私は実践主義なところもあるので,そのときは反論しなかったが,前述の朝の番組で倉木麻衣のライブの様子が流れたことがあった.
やはり,声量が全くない,か細い声なのである.あんなもんヴォーカリストでもなんでもない.カラオケレベルである.


 こんなことを考えるには何かのきっかけが当然あるのだが,北島健二のソロ・アルバム『guitar_pure』のゲストとして参加した,
坪倉唯子の歌声が非常にソウルフルで迫力があったから急に上記のような疑問,不満,憤懣が頭をもたげてきたである.
また,金子マリもアマチュア時代から“下北沢のJANIS JOPLIN”と呼ばれ,低音から高音まで幅広く発声できて,
母国語でもないのに英語の発音もよい,ソウルフルで卓越したリズム感と圧倒的な迫力のある歌声を持つ人である.
さらに宮本“MIMI”典子.日本人でありながら,あの“GRAHAM CENTRAL STATION”のヴォーカリストとして一時期在籍した.
1992年に2枚組ライブアルバムを残しているが,ベースのチョッパー奏法の創始者,LARRY GRAHAMや
“THE BROTHERS JOHNSON”のGEROGE JOHONSONをバックに据えて堂々たるものだった.

 かくいう,私も高校生の頃は,白井貴子や渡辺美里をよく聴いていた.
ちょうど,いわゆるアイドルとロックシンガーの境界線があいまいになっていく兆しが見え始めた頃だった.
しかし,その頃は既に私もギターを弾くようになっていたし,当時の彼女らのサポート・バンドだったCrazy Boysの山田亘や The Lover Soulの佐橋佳幸など
名うてのプレイヤーがいたこともあり,ロック・バンドとしてのまとまりなども注目すべき点だった.
 また,彼女らがパーソナリティを勤めるラジオ番組では,主に海外のロックしかからないので,
私は,これはカッコいいと思ったアーティスト名と曲名をメモしては,レコード店に行ったものだ.
この結果として現在の非常に節操の無い音楽リスナーの私が居るわけである.

 果たして現在このようなことがあるのだろうか….

 …話を戻そう.

 それは金子マリ,坪倉唯子や宮本典子に比べたら上記3人のほうが若いし一般層のとっつきはいいから,
レコードも売れるし,ファッションリーダーとしても取り上げやすいだろう.
そういう面も確かに必要だろう.しかし,それだけでは,お人形さんに過ぎず,ミュージシャン,ヴォーカリストではない.
.
10年前の「踊るポンポコリン」のヒット,B.B.クイーンズなどというなんと人を食った畏れ多いグループ名なんだ!?と憤ったが, その正体が近藤房之助と坪倉唯子とわかった瞬間に“赦す!”と転んだのは誰あろうワタシである.

2002年8月26日

大阪とシカゴ

 なんばHatchで行われた第一回,大阪シカゴ・ブルーズ・フェスティバルの模様が8月10日土曜午後,TV大阪で放送されていた.
 ライブの模様だけでなく,赤井英和をホストに,木村充揮,野毛洋子を交えて姉妹都市提携を結ぶ,大阪市とシカゴ市のブルーズの似合う街としての類似点も散策しながら紹介していた.
かたや日本で第二の都市,かたやアメリカ東部第二の都市.
東京をにらみながら,あるいはニューヨークをにらみながらの微妙な位置にありながら,独特の味を醸し出す街のカラー.
人なつこい人が多いのも似ており,川が多く古くから食糧の集積地として栄えた経緯も持つ.
大阪弁がブルーズにノリやすいのは,「あほか,あほか」や「ほんまか,ほんまか」など,3連譜に合う言葉が多いからだとか.

 大阪は西淀川区塚本にある,ブルーズクラブ"Howlin' Bar"での木村・野毛のセッションも少し.
ギタリストは,店の紙ナプキンの入ったままのグラスでスライドギターを演奏していた.
大衆音楽なんてそんなものである.その場にあるもので,どんちゃん騒ぐ.それでいいのだ.
コンピュータがないと演奏できないなど,お笑い種である.

 ブルーズの起源は,ワークソングである.
泥まみれ,汗まみれになって仕事をしながら歌うのに気取りはいらない.
 必要なのは週末に繰り出すための一張羅だけ.

 お涙頂戴の演歌とは根本的に違うのである.
ダンスミュージックであり,むしろ,民謡や河内音頭に近いかも知れない.

 形式だけが決まっていて,歌詞の内容など,その時々によって何でもいいのだ.

2002年9月 6日

ロックはもはや…

若者の音楽ではなく,中年のためのものになってしまったのか?

ライブハウスがあるのにギター屋が減っていってるっていうことはギター人口も減ってるのか.

流行音楽の主流は今何処にある?

生々しいギターの音色というのも確かに無くなってるような気がする.

2002年10月 3日

結局プチ整形だな

サドルをキャストに換えたら当然ながらルックスがやや変わった.
プレスに比べたら剛性が格段に高いから音も変わった.
アタックがコンコンという感じで少し硬い音.
換える前がちょっと甘めのトーンだったからちょうどいいような気もする.
シングルのストラト,特にリアPUの音はブライトな方が好みということもあるし.
サステインも少し伸びたかな.
全体的な印象はアメスタに近くなったかも.

2002年10月23日

不思議なことに

何で今までこのアーティストを聴かなかったのか?と自分でも後悔しきりとなるのが
次から次から湧いてくるわけだが,今回は,ホントに何を今さらなマーカス ミラー.

『M2』と『Ozell Tapes From World Tour』

スラップの音色としては,フェンダーのジャズ・ベースを使っていて硬質でかなり好きなタイプである.
硬質と言っても過度にブライトなわけではなく,低音は,ばっちりズンと効いてる.

どちらも好きだが,プレシジョン・ベースを使ったディスコ系のルイス ジョンソンと好対照でマーカスの方が硬派な感じがする.

ロックよりもファンク/フュージョン,しかもギターよりベースの割合が多くなってきたような気がする今日この頃.

2002年11月14日

ドレミの弊害

 少し前に“絶対音感”なる言葉が,脚光を浴びた.
音楽教室などで,学齢に満たない子供達が英才教育を受けている場面も報道番組などで何度か目にした.

しかし,どうも腑に落ちない.

 先生が,ピアノで音を出し,その音を子供達が「ド」とか「ミ」とかで答えているのである.
ドレミで音を言い表すというのは,果たして正しいのか?決して“絶対音”ではない.
ドレミというのは,あくまで音階であり,音の前後関係を表す,“相対音”のはずではないのか?
西洋音階のスケールで,ミとファ,シとドの間が一音でなく半音であること.これがドレミのはずである.
音階は相対音なので,どの音を「ド」(短調なら「ラ」)に持ってきても成り立つはずである.

 絶対音を言い表すならば,日本語なら,“イ,ロ,ハ”,西洋式なら“A,B,C”という音名で言い表すべきではないのだろうか.
これならば,一応,イ=A=440Hzと決められている(ホール等によって若干変えるらしいが)ので,絶対音と言える.
あとは平均律で音を区切って並べればいい.要するに絶対基準がいるのである.
ハ長調でいうところの「ラ」=イ(A)音であるが,変ニ長調の「ラ」=ハ(C)音である.
バイオリン向けの演奏曲として有名なバッハの「G線上のアリア」,この“G線”は,G音に調律した弦を指すのであって,決して“ソ線”などとは言わない.

 ドレミで言い表すのは,音が無限にありすぎるため,間違いであり,調を限定してしか成り立たないのである.
○調の「ド」などという言い方なら正しいだろう.

 学校の音楽教育でも,この辺をきっちり教えてくれれば,私ももう少し,理論が分かり,音楽の時間も楽しかっただろう.
移調の課題を与えられ,半音上がったり下がったりする理屈が全く分からなかった.
ギターに触れるようになって初めて理解できたのである.
私は譜面が読めるわけでもないし,音楽理論もほとんど知らないが,その程度でも気付く問題なのである.


※私は学問として音楽を修めたわけではなく,あくまで少しだけ得た知識に基づいた疑問なので,平均律と純正調の関係などの質問はご容赦願いたい.
分かっているのは,ギターの場合,フレットは平均律に基づいて打ってあり,ハーモニクス(倍音)は純正調で鳴っているということだけである.

2002年12月 2日

やっぱりハードロック好き

まったく,いつまで経っても進歩がないっちゅうか,三つ子の魂百までというか….

先日購入したCD,“CANTA”の『EVERYTHING’S GONNA BE ALRIGHT』
元・聖飢魔IIのルーク篁と雷電湯澤,それとアニメタルのMASAKIのトリオハードロックバンド.
ルークは聖飢魔IIの頃から,美形なんだろうなとは思ってたけど,予想通り,彫りの深い鋭角的な顔立ちで細身のSEXYな男性である.
(この色男がデーモン小暮のオールナイト・ニッポンでオカマしゃべりをしてたかと思うとかなり滑稽)
聖飢魔II時代のソロ『篁』にも収録されていた「REMEMBER FLAME」もリメイクされていて,非常にテンションの高いアルバムですわ.
蛇足ながらレーベルは北島健二氏がレーベルプロデューサーを務める,ミゼットレーベル.

結局,聖飢魔II解散後の元構成員の作品はデーモン小暮以外は全部揃ってしまったことになる.
聖飢魔IIの信者では無かったのに.
ライデン湯沢(雷電湯澤)&ゼノン石川(石川俊介)の“RX”
エース清水(ACE)の“FACE TO ACE”
それと今回のサージェント・ルーク篁三世(LUKE篁)&雷電湯澤の“CANTA”.
HR/HM,ファンク/フュージョン,シティポップと多岐にわたっている.

2003年1月 4日

コンポ一部新調

ここ一年くらい,ずっと気になっていた,オーディオの音割れの原因だったスピーカーを新調した.
DENONのSC-A50.実勢価格が一本12,000円である.コストパフォーマンスに優れていてお薦めできる.
スペックは
ウーファー+ツイーター+スーパーツイーターの3way
インピーダンス:6Ω
再生帯域:43~90000Hz
許容入力:80W(EIAJ),120W(PEAK)
音圧:89dB
バイ・ワイアリング接続可

マーカス ミラーの『M2』を再生してびっくりした.スラップ音とベースドラムの音の輪郭がはっきりしていて印象が全く違うのである.
音割れが不快でCDラジカセだと不満で再生するのが億劫だった,20Bits録音のクラシックのCDでも低中域が全く歪まない.
ウーファー口径14cmでもかなりの音圧があって迫力の重低音が出る.
高域の粒立ち,音のセパレーションが良いのでギターやヴァイオリンがよく聴き取れる.

最近リリースされるCDはどれも皆,ラジカセやマイクロコンポでの再生向けに録音レベルを上げるという
過剰なイコライジングと,古いスピーカーはコーンの周辺部が経年劣化(15年)で割れてしまっていたから,これらの相乗効果が音割れの原因だったようである.音量とは無関係でしたから.
これがなかったら多分気づかなかったとは思います.この辺もデジタルサウンドの弊害である.
このスピーカーでアナログ盤はまだ再生していないですが,どう印象が変わるか楽しみである.

特にオーディオマニアというわけではないのである,良質なソフトを楽しむにはそれなりにハードも必要であると考えている.
一説にはスピーカーは“5年が寿命の消耗品”だそうである.

2003年1月15日

バンド名あれこれ

 最近,日本国内のバンドでも,日本語や漢字を使ったバンド名やグループ名にほとんどお目にかからなくなった.
以前は,加納秀人の“外道”,パンタの“頭脳警察”,沖縄のHRバンド“紫”など,貫禄や重厚ささえ感じるものが多かった.

 私が最もこのグループ名はいいと思っているのが石田長生&チャーのアコースティック・デュオ,“バホ”である.
グループ名のロゴとしては,“馬偏に呆”という造字を用いるのだが,江戸のギター馬鹿と浪花のギター阿呆がコンビを組んだ
というグループの特徴を分かり易く言い表していてしかも語呂も非常によいと思う.
 ところが近頃のヒットチャートを駆け上るグループの名前は,非常に薄っぺらに感じる.“名は体を顕し”ていないのである.
英語だけに飽きたらず,少しでも特異性を持たせようと変にドイツ語やフランス語を使ってみたり.無理に辞書調べただけで付け焼き刃ではないのか.
しかし,横文字を使っていても,よく思想を顕しているものも確かにある.しかも難しい単語ではない.
“FENCE OF DEFENSE”がそれである.直訳すると“防御壁”.
ハード・ロック・サウンドの要である音圧や厚みをうまく表しているではないか.それにうまく韻を踏んでいる.
かえって実力のあるミュージシャンによるグループ名の方がシンプルながらもウィットに富んでいるものが多いように思う.

 一方,日本では案外と無いのが,中心人物の名字をそのままグループ名にした例.
Ronnie Montroseの“MONTROSE”,Van Halen兄弟の“VAN HALEN”,John Bon Joviの“BON JOVI”やKipp Wingerの“WINGER”などがそれに当たる.
Alice Cooperの“ALICE COOPER”などというのもあったりする.
GUNS 'N' ROSESは,一説には男性器と女性器の比喩とも言われるが,実際にはVo.のAXL ROSEと当初のG.のTRACII GUNSの二人を中心に結成されたバンドなので人名に由来する.
日本で同様の例は,辛うじて“甲斐バンド”や“KUWATA BAND”があったくらいか.
しかし,これはどちらかというと“Jeff Beck Group”や“Michael Schenker Group”に近いようにも思う.

 また,60年代にはグループ名というと,THE xxSというのが主流であったが,そこに現れたのが,
“CREAM”
御存知のように,Jack Bruce, Ginger Baker & Eric Claptonの伝説のロック・トリオである.
ヴォーカルだけではなく楽器の演奏に重きを置いた,自分たちは単なるポップ・グループではなく,
ジャズ,ブルーズ・シーンの“精粋(Cream)”である.
だから“S”は,要らないのだ,と.

2003年1月23日

Guitar Man

シンコーミュージックムックの「Guitar Man -Edward Van Halen編-」を見かけたので入手した.
第一弾はJimmy Pageだったようなのだが,あんまり私はギタリストとしてのペイジには興味が持てないので見てないが.
彼は,むしろ,ギターの弾けるプロデューサー・アレンジャーという印象である.

内容は,主にYOUNG GUITAR誌の抜粋・再録で,ギターコレクションなど,見たことのある記事もたくさんあったのだが,中でも,付録のDVD-Videoに老舗のVAN HALENコピーバンド,伝説の耕耘機:VON HALENのギタリスト,E.D.(え~で~) VON HALEN氏の奏法解説のヴィデオ・レクチャーがあり,
なかなか興味深いものであったが,いくら完コピといっても「MEAN STREET」イントロのスラップ&タップや,ハミング・バード・ピッキングは,“本物”が『LIVE WITHOUT A NET』や『LIVE:RIGHT HERE, RIGHT NOW』で見られることから,残念ながら,見劣り,聴き劣りがしてしまっていた.
なんとなく,ニュアンスが違って,違和感持ってしまうのである.
やっぱり,近いことはできても,100%真似しきれないところが,Eddieの凄さなのだろう.

2003年4月 3日

CREAM BBC SESSION

待望のクリームBBCセッションだが,
パーソナリティよりもEric Claptonの英語が聞き取りやすかったのはなぜだろう.
本来,彼の英語って訛りが強くてKing's Englishとは言い難いので若い頃は恥ずかしがって,
あまりしゃべらなかったと言う話だったはずだが.その反動で現在,非常におしゃべりだとも.

演奏の音質はあんまりよくない.
クリアには違いないけど,シンバルやハットといった高音ばかりが目立って,
いわゆる開放型ヘッドフォンで音漏れして神経に障る帯域(4~8kHz帯)が変に耳に付く.
Jack Bruceのベースはよく聞こえるが,口径がデカイはずのGinger Bakerのベードラがよく聞こえない.
100Hz以下が弱いんだろう.

ラジオ放送がマスターだからしょうがないのか?

2003年6月 6日

ピックアップ換装

白のST-314にFender-Lace Sensor Goldを取り付けた.
ST-314は日本製でLace Sensorはアメリカ製なので,ネジの規格がISOとインチで違うため,
ピックガードのネジ孔を少し広げてやる必要があったが,それ以外は半田付けを除き,加工は無用だった.

チューニング等の微調整も含めてすべての作業を終えて眺めてみると,
ポールピースが見えなくなるだけで,随分とルックスが変わってしまうものだな,と改めて思った.
'80年代中期にEクラプトン大師匠がシグネイチャー・ギターのプロトタイプを携えて登場したときには,
それまでのブラッキーをはじめとしたヴィンテージ・ストラトの印象からすると,確かに随分と違和感を覚えたし.

アンプに繋いで音を出してみた(もちろんドライ)印象は,なるほどハムノイズは小さいけど,予想以上に出力が低かった.
第一印象は,「ムスタングに載せたほうが良かったか?」(そうすると一個余ってしまうのだが)
元々ST-314に搭載されていたPUは,ルックスはポールピースに凹凸があるヴィンテージなのだが,
実際にはカレント・タイプなので交換の結果パワーダウンした印象.
しかし,逆に言うとエフェクタを比較的多く接続しても,ノリが良くノイズの増幅が少ないとも言え,
そういう意味では,コントロールしやすくなったと言えるかも.
出力の低さは予想外だったが,エフェクタの使用を狙って白に取り付けたと言うのもある.
だから,出力の面では,GoldでなくBlueかSilverのほうが本来の狙いに,より近かったかも知れない.
Lace Sensorに代わってECシグネイチャーに搭載されたヴィンテージ・ノイズレスは,
USサイクロンで試奏したことがあるが,スタック・タイプということもあり,かなり高出力の印象だった.
Goldはミッドブーストで補正しないと物足りないということか.

2003年6月15日

大暴論

最初に断っておくが,極論である.

過日発表されたライブ映像作品『BAD HOT SHOW』の出来不出来や,チャー&石やんの音楽性に対する好き嫌いは別として,BAHOを面白いと思えない人は,真にポップミュージックの楽しみ方を知らないのではないかと.

王様の日本語直訳ロックが英語を覚えたての中学生の遊びだとしたら,もっと高度な,例えば,スケールの音やリズム形態をちょっといじって,ロックの名曲もスウィング風に変貌させてしまう,
かつてのネタ,"HARD ROZZ"など「知らなければ,面白さが理解できない」という,ある種,古典落語を楽しむときに高度なイマジネーション能力と時代背景を理解する力が要求されるものに似ている気がする.
演奏する側はもちろん,高度な演奏技術とそれまでに築いた実績もさることながら,ウィットに富んだ笑いのセンスも持ち合わせているから,鑑賞する側にもそれを楽しく受け止めるためのバックボーンが要るわけ.
だからといって無理に身につけていては,楽しむということと本末転倒になる.不朽の名作を好きで

2003年6月18日

ハードロック・サウンド

あんまり,LED ZEPPELINには入れ込んではいないものの,少し前にリリースされたDVD-Video2枚組のライヴ映像を購入.
今まで『狂熱のライヴ』しか見たことなかったものだから,それ以外のライヴ・パフォーマンスを観るのは初めて.
最近は,ずっとKenji Jammerや村治佳織といった,音の隙間を楽しむような
ハワイアンテイストやクラシックの,少々ロックとは距離を置いたものばかり聴いてたので,かえって新鮮だった.

“圧巻”

この一語に尽きる.他には何とも言葉に表せない.
CREAM解散で空いた穴を見事に埋めて,更に厚く塗り込めてしまったのも当然.

その流れ(?)で,なぜか,しばらくぶりにFENCE OF DEFENSEを通しで聴いてみたり.
IVを最後に新作をチェックすることはやめてしまったものの,十数年経っているのに古さを感じない.
まあ,シンセサイザーについては,アナログからデジタルへの転換期だったので,特にシンセベース等がいかにもな合成音だが.
それ以外は,3人の確かな演奏技術に裏打ちされた,無欠のハードロック・サウンド.
ZEPのライヴを観た後だから,その強い影響が笑ってしまうほどまともに感じられて少し可笑しいくらいなところもあった.
でも,北島健二のディストーション・トーンと切れ味鋭いリードプレイは未だに憧れるものがある.B某よりも,何倍も良いと思うんだが.

2003年7月27日

暗い曲は癖になる?

FENCE OF DEFENSE III ~ 2235 ZERO GENERATION がリリースされたときに出版されたストーリーブックに西村麻聡氏のフェイバリットレコードにPETER GABRIELが挙げられていて,コメントには
「このアルバムを聴いてしまったがために暗い曲が好きになってしまった」と書かれていた.
当時は,まだ私も高校生だったし,何で暗い曲なんか好きになるのか理解できなかったけど,さすがに最近は分かるようになってしまった.

ここ数日,また,ハードロックの波が去り,GREEN GENIEの"PICTURE OF DEAD HORSE"ばかり聴いている.
英国独特の霧が立ちこめたようなイメージで,アルバム全体に雰囲気が非常にダーク.
しかし,その暗い中にこそ,美しさが見いだせるというか,なんとなくズッポリとはまってしまう,蟻地獄のような魅力があるというか….
打ち込みでもここまで音の隙間が多いと全く気にならないし.(レビューは支店=Cruising Jammer Manのディスコグラフィにて)
まさに「このアルバムを聴いてしまったがために暗い曲が好きになってしまった」

高校生のころから,いくらサウンドがハードでも,メロディに悲愴感が満ちていたためにヨーロピアン・メタルは嫌いで,
もっぱらGRAND FUNKやVAN HALEN,NIGHT RANGERあたりの能天気なアメリカン・ハードばかり聴いてたのに.
トシかな,さすがに(苦笑).

2003年8月24日

0フレット

かの寺内タケシ御大は,0フレットのないギターは開放弦の音が悪いと仰った.
確かにそうかも知れないが,アーム使いのワタクシはステイチューンという点では,どうも不満.
弦の滑りが悪いから復元力が不足してピッチが変わる.
私が所有しているうち,一本だけ Spirit GT-PRO が0フレットのあるギターなのだが,ベンドでも弦が横にずれてピッチが上がる.
スタインバーガーシステムだから狂いようがないようなイメージを持つのは間違い.
機構に問題があるのだが,ドイツでパテント取ってるとは思えない不安定さ.
しかもR-TREMはテンションが押しバネでバランスされてるのが機械的な問題.
元の位置にできるだけ戻そうとすると引きバネのほうがベターですな.

十数年ばかり前,本物のSTEINBERGER GLを試奏したときには,TRANS-TREMはピッチが狂う印象はなかったのだが.

2003年10月15日

再びピックアップ換装

これでエレクトリックギターの改造は最後にするつもり.

ST-314黒ボディをLace Sensor搭載にし,白ボディのリアPUをSeymour Duncanのシングルサイズ・ハムバッカー,Little '59に交換した.
白ボディにLace Sesor Goldを載せたときに,予想以上に低出力だったため,黒と白のサウンドキャラクターが逆転してしまったことで考え始めたことが発端.

シングルサイズ・ハムバッカーは,私が不満に思っていた,シングルコイルの出力の物足りなさとハムバッキング特有の抜けの悪さがカバーされて高出力かつシャープで,ディストーション・サウンドとしては理想とする音色に近いかも知れない.
ロングサステインでしかも非常にローノイズ.
シングルサイズ・ハムバッカーは他にもDimazio他からも種々出ているので,どれがベストかは全て試してみないことには分からないが,少なくとも既に所有しているフルサイズのハムバッキング・ピックアップよりは気に入っている.

Lace Sensorとのマッチングも黒の方が良かったようで,'70年代中期のクラプトンの音に近いような気がする.

2004年1月29日

鈴木賢司というギタリスト

 誰でもティーンエイジャーの頃というのは,10年後くらいに振り返ったときには非常に恥ずかしい青臭いことが好きだったりする.
 ちょうど筆者が大学受験の頃は,受験生人口がピークを迎える前後で偏差値偏重の歪みが取り沙汰されている頃だった.
そんな中,筆者の周りでも,尾崎豊信者が多数居た.
しかし,ハイティーンの全てが,盗んだバイクで疾走したり,夜中に学校に忍び込んで窓ガラスを割りまくるような発散の仕方を選んだわけではあるまい.
人それぞれに感情のぶつけようがあるはずなのにあまりに直接的にアジテーションするかのような尾崎豊の歌詞がどうしても好きになれなかった.
それはミュージシャンではなく,ある意味で思想家や活動家のやることではないのか,とも思ったりもした.

 当サイトの支店としてCruising Jammer Manと題して鈴木賢司/Kenji Jammerのファンページがあることはご存知だと思う.
鈴木賢司の音楽を聴くようになったきっかけはCruising Jammer Manにも述べているので割愛するが,最近になって思うのは,筆者にとっての尾崎豊は鈴木賢司だったのではないかということである.未だに彼の若い頃の作品を聴いて,その感情のこもったトーンに胸を詰まらせることがある.
 鈴木賢司がインストゥルメンタルで表現しようとした理由は,実際には他のところにあるのだが,イメージを限定しないファンそれぞれの解釈を許容していることにもなるだろう.
曲のタイトルが全てを物語っているが「輝ける7つの海をこえて」や「理由なき反抗」など,歌詞がないので題名が唯一の言葉でしかも楽曲の世界観を表している.
もちろん,鈴木賢司と尾崎豊が大の仲良しだったことは,ファンならば当然知っていることであるが.

 詰め襟の学生服,角刈り,黒縁眼鏡の“天才ギター小僧”として登場した彼だが,1987年INAZUMA SUPER SESSIONでJACK BRUCEと共演したことをきっかけに渡英し,
1990年代前半は,テクノサウンドに,それまでよりさらにブルーズ・ロック色を強めたギターをのせ,
1990年代後半から現在に至るまで,それまでも行動を共にしてきた屋敷豪太とSIMPLY REDにも参加し,
PCでハードディスク・レコーディングを行い,DUBやハワイアンにも傾倒するという音楽的変遷を見せている.

しかし,ことステージ上ではSIMPLY REDであっても元来のロック色の強いギター・ソロを披露することもあるそうである.

 筆者はERIC CLAPTONがフェイヴァリットだと言っているが,ERIC CLAPTONを聴くきっかけになったのも鈴木賢司であるし,
ゆえにERIC CLAPTONファンとしてよりも鈴木賢司ファンとしてのほうが長いのである.

2004年3月30日

レガート風プレイ

何でも,VAN HALENの新(?)ヴォーカリストがSAMMY HAGARで落ち着いて再始動したとか.

去年の年末にリリースされた,Allan Holdsworthのライヴ「THEN! LIVE IN TOKYO 1990」を聴いてたんだが,
一時,Eddieの真似して1ノートだけピッキングして後はワイドストレッチのフィンガリングだけのフレージングに凝ってたことがあって,で,改めて,あれのルーツがAllan だったことを再認識した.
実際のところHoldsworthの作品をまともに聴くのは初めてだったが,なぜか非常に懐かしい気がした.
ヘッドレスギターに憧れるのは多少なりともHoldsworthの影響があったのは否めない.

2004年6月18日

似て非なるもの

 最近は,宴会の2次会などで有無を言わさずカラオケにということがなくなったので,筆者としては,ホッとしている.
音楽は好きなのは勿論であるが,カラオケは好きになれない.
連れて行かれると,とりあえず歌うし,決して下手ではないほうなのでカラオケ嫌いであることをなかなか信じてもらえないが,システムが嫌いなのである.
 特にカラオケボックスやカラオケルームは嫌いである.普段から顔を合わせている手馴れた連中に歌を披露して新鮮なわけがない.
むしろ,バーなどで知らない人が混じっているほうがスリルがあって,まだマシである.
 最近は,どうかわからないが,筆者が学生の頃によく耳にした話が,
カラオケで歌うために,買うかレンタル等で音源を入手してきて聞いて歌を覚える,というものである.
熱心な音楽ファンとしては,その態度は音楽が本当に好きなのか?と問い詰めたくなるような気分になる.
流行っている歌を知っているんだぞ,と見栄を張りたいのか,本当にその歌が好きなのか怪しいものである.
好きだからその歌を歌いたいというのと,カラオケで披露したいがためにその歌を練習するのでは,雲泥の差があると思う.
筆者の場合には,昔からその歌が好きで曲目リストに辛うじてあるから仕方なく歌える曲,くらいの位置づけでしかない.
カラオケのレパートリーを広げるためだけに,好きでもない,すぐに飽きるような流行り歌を聴きたくはない.
 最近は,通信なのでとんでもないマニアックな曲があったりしておもしろいとは思うのだが,
そんな曲に限ってカラオケ向けではないために興ざめしてしまう.
それに,筆者は,なまじ人前で楽器を持って歌った経験があるために,カラオケで歌うと声が大きすぎて伴奏が掻き消されてしまうのである.

 バンドを組んでいて,複数の人間が集まると音楽の好みが微妙に相互に異なってくるから,
課題曲を演奏するために初めて聴いて練習するという状況が生じることは必然としてある.
 友人が言っていた,「カラオケは自慰行為で,バンドは性交渉だ」と.ある意味的を射た言葉だと思う.
 しかしながら,機械に合わせるのでなく自分の演奏で自分のペースで歌う,であるとか,
バンド演奏が生み出すグルーヴや高揚感などはカラオケでは決して得られないものである.
カラオケで披露するためだけに本当は好きでもない曲を聴くのとは,似ていながら実のところ全く異なるように思えてならない.

2004年8月 3日

アナログカセット侮り難し

昨年のスピーカーに続いてカセットデッキもとうとうダウンしてしまった.
そんなことを昼食時の世間話で職場の同僚に話したら,使ってない3ヘッドのデッキがあるからということで譲ってもらった.
Technics RS-B705.
アンプにつながずに直でヘッドフォンモニターできたので,それで20年近くも昔のテープを聴いてみて愕然とした.
アナログカセットテープでもこんなに奥行きがあってメリハリのある記録がされてたのか!?と.
それまで使っていたデッキは,一度修理に出したことがあって,それ以来Wリバース・W RECデッキということもあり,
今ひとつ修理後の調整がうまくできていなかったらしく,ヘッド角度が合っていなかったようだ.
そんな環境になってしまっていたので,カセットテープには手が伸びなくなっていたが,また,昔のエアチェック・テープも聴きまくりそうである.
しかし,そんなせっかくの音像がアンプにつないでしまうと,ベターッとした立体感のない音になって,アンプも買い換えたくなってしまいそうで怖い.

2004年9月27日

ファンとしては嬉しくない

少々時間の経った話題ではあるが,B'zの松本孝弘が組んだTAK MATSUMOTO GROUP,ヴォーカルがERIC MARTIN,ベースがJACK BLADES.
アメリカン・ハードロック・ファンなら言わずと知れた元MR.BIGのリードヴォーカリストとNIGHT RANGER/DAMN YANKEESのリードヴォーカル兼ベーシストである.
筆者自身,以前にも書いたように松本孝弘は好きなギタリストではない.
だが,元々は,そんなに嫌いなわけではなかった.
高校生の頃は,TM NETWORKも好んで聴いており,そのサポートで松本孝弘もいた.
ある曲でレコードではトレモロ・アームを使った音程変化を絡めたフレーズがあったが,
松本孝弘は当時ハードテイルのBILL LAWRENCE製のギターを使っており,ステージでは違うフレーズとしていた.
そこは,個々のギタリストのこだわりの部分なので,それもありだろうと納得していたのだが,
問題はその後,B'zが始まってからYAMAHAのモニターとなり,松本孝弘モデルのMGにはFloyed Roseライセンスのトレモロユニットが搭載されていた.
ハッキリと嫌いになったのはこれを見てからである.なら最初から使えよ,と.当時も通常のストラト・モデルも使っていたのだから.
要は,節操がないだけだったのである.
その節操のなさがTMGのメンバー選びに現れている.
NIGHT RANGERにしろMR.BIGにしろ.本国アメリカよりも日本から人気の火がつき,また,根強いファンは日本にしかいないバンドである.
早い話がアメリカ人のメンバーを入れたところで,世界中のハードロック・ファンに訴求できるわけではなく,
あくまで日本国内の洋楽ハードロック・ファンに注目して欲しいだけではないのか?
という印象しか湧かない.
何せ,NIGHT RANGERファンの間でもJACKは“ステージではベースを弾かない”ことで有名なベーシストなのである.
ベース・プレイヤーとして選んだのではないことは明白である.
かく言う筆者も高校生~大学生の頃にかけて(今でも)NIGHT RANGERとMR.BIGは大好きなバンドなのである.
だから余計に歯がゆい気持ちでTMGを見ている.
おそらくTMGを冷ややかに見ているNIGHT RANGERファン,MR.BIGファンも多く,逆効果だったのではないかと思う.

2004年10月30日

なっとく

掘り起こし音源からなるクリームの「カラフルクリーム+29」が発表になったので早速購入して,聴いていた.
かつて,レコード評のようなもので,「クリームのレコードはモノラルに限る」というような主旨の文章を読んだことがある.
実際,筆者はアナログ盤でクリームのオリジナル作品は全て揃えているが,後になって発売されたステレオver.である.
ステレオのミキシングしか聴いたことがなかったが,今回,モノラルver.も収録されている.
なるほど,モノラルのほうがしっくり来る.
ステレオver.は,もともとモノラル録音の音源をパートごとに左右に振ってあるだけなので不自然きわまりない音像構成である.
コンパクトディスクというメディアを以てモノラルというのはもったいないような気はするが,やはり録音技術に出力も合わせてやるべきであると改めて思った.

というのも,筆者が1983~1985年を境にそれ以前の作品は全てアナログ盤で揃えることにしているのもそういったことを論拠にしているからである.
もちろん,未発表曲やテイクが収録されてコンパクトディスクでリリースされたらそれは致し方ないが.

クリームのアルバムも出来ることなら,モノラル録音のLPを見つけたいものである.

ちょっと当てはずれだったかな?

現役の祇園の芸妓でヴォーカリストのMAKOTO(真箏)の2001年発表のデビューアルバム『MAKOTO』を聴いた.
もともとのきっかけは,北島健二のソロアルバム『Guitar_Pure』のオープニング・ナンバー「After the Fire」での小生意気と言うか,小憎たらしいというか,ふてぶてしい歌声が気に入って,しばらく迷っていたのを思い切って取り寄せして購入したものである.
アルバム全体が北島健二プロデュースであるし,全曲,北島の編曲であり,ギターでも参加しているので,そっち方面の楽しみもあるか,という納得のさせ方でもあった.
実際にこのアルバムを聴いてみると,非常に素直なヴォーカルスタイルで,もっとHIP HOPよりのR&Bやソウルで泥臭い歌声を期待していたが拍子抜けであった.
都会的で軽快なポップ・アルバムである.英語訛りの薄いアン ルイスとでも言えばいいのか.
そんな印象を抱きながらも,あまり誰も聴いて居なさそうで,かつ,シティポップ的なものにも実は目がなかったりするので,満足である.
ディストーションがあまり深くない北島健二のギターというのもなかなかに珍しくもあるし.もちろんいかにもキタジマケンジなリフやソロも聴ける.
『MAKOTO』の「disappear」は『Guitar_Pure』の「Sandpiper Bay」に歌詞をのせた同一曲である.
『MAKOTO』リリースの3ヶ月後に『Guitar_Pure』がリリースされた.これら2作品は,姉妹作と言ってもいいかもしれない.
makotokenji

何でも,近頃,祇園でも舞妓や芸妓も地方出身者が大多数らしいが,真箏は生粋の京女だそうである.
「明日の晩は,うちのライヴどす.お座敷で歌わしてもろてる小唄やのうて,ジャズとかロック歌いますさかいに来とくれやすな.」
とでも檀那衆に言っているのだろうか.

2005年1月28日

ホワイトブルーズの最高峰

言わずとしれた,Eric Claptonである.
先日発表されたばかりの新譜『Robert J. Sessions』を聴いた.
前作『Me & Mr. Johnson』に引き続いて,伝説のブルーズマン,Robert Johnsonのフルカバーアルバムである.
ここ最近は,映画の主題歌やSMAPへの曲提供など,ロックギターやブルーズに興味のない一般層にもアピールするような活動が多いが,
10年前の『From The Cradle』はともかく,今作・前作のようにディープなブルーズのカバーなど,そんな一般層に理解できるのだろうか.
恐らく,二十歳そこそこで"CLAPTON IS GOD!"と祭りあげられたこと,その延長上にある嵐のように過ぎ去ったCREAMの活動など知らない人がほとんどではないだろうか.
私が聴き始めたのは世代的な理由から1980年代後半からなので,もちろんBLUES BREAKERSやCREAMの頃はリアルタイムで知らない.
しかし,最初に耳にしたのはCREAMであったし,「ロックギターの基礎テクニックを確立した人」という認識であった.
だから,ここしばらくの,ルーツミュージックであるブルーズへの回帰というのは,その他の活動は気に入らないと思いながらも同時に彼の真骨頂であると思っている.
その私が聴き始めた頃は,『August』と『Journey Man』の間の時期であり,ギター雑誌のインタビューで「次はブルーズアルバムを作るよ」との言葉に期待しながら裏切られ続けていた.
レコード会社との葛藤が続いていたのだろう.
だから,表裏一体でありながらも現在の状態は古くからのファンにとっても純粋に音楽的な部分においては,幸せな状態なのではないかと思う.
そして,一般層には,オリジナルであるRobert Johnsonにも遡ってみてもらいたいと強く思う.

Robert Johnsonはミシシッピ・デルタのとある四辻(Cross Roads)上で悪魔に魂を売り,ブルーズの技巧を手に入れたという.
“BLUES=悪魔の音楽”であり,その悪魔に魅入られたEric Claptonが若くしてその技巧ゆえ“神”と呼ばれ,
CREAMの十字路(Cross Roads)が名演中の名演と評価されたというのも何とも皮肉な比喩である.

2005年3月 2日

俗説:低音好きは馬鹿か?

昔,あるお洒落な落語家がトーク番組で言っていたのだが,なぜか印象に残っている言葉がある.
その落語家はジャズが趣味で自らサキソフォンを演奏するという.
自分がサキソフォンを演奏する裏付けとして言った言葉で他のパートを指して
「ベース好きな,まあ要するに低音好きは馬鹿ですから」
なんという偏見に満ちた言葉だろうかとは思った.もちろん洒落で言っているのは分かっているが.
時間が経ってから考えてみると確かにやや知性に欠ける印象は無いとは言えない.

サイト本編を見て頂ければわかるが,私はギター弾きだがベースも大好きである.
ギターはリズムギターでは高音弦を使ったカッティング,リードプレイでは倍音をたっぷり含んだ突き抜けるような鋭いトーンに魅力を感じる.
同時に力強いベースラインにも耳を惹かれるし,ベースドラムもしっかりとないといけない.
こういう私のようなのは,低音が好きなのか高音が好きなのかどちらなのだろうか.
どちらかと言えば低音好きなのかもしれない.
EDWARD VAN HALENとSTEVE VAIのどちらの演奏が好きかと問われれば,私は迷わずEDDIEである.
理由としてはバッキングに低音弦を駆使したリフが多いことが挙げられる.VAIはどちらかというと高音側を使っているような気がする.
二人を並べてみると,双方共に天賦の才能を持ったギタリストだが,どちらが賢そうかという面では,見た目の印象はVAIに軍配か.
EDDIEはどうしても本能的な印象がついて回り,VAIは理詰めで音楽に向かっているような印象を受ける.
実際のEDDIEはもちろん違うと思う.奔放に聞こえるようにかなり考え込まれている緻密な演奏である.

2005年3月 9日

シビレる音楽映像

1980年代といえば,MTVの時代といわれて,音楽とヴィジュアルが一体となった時代だった.
Michael Jacksonの「Thriller」が作り込まれたヴィデオクリップの代表だったが,
一方で非常にシンプルに作られたのがVAN HALENの「JUMP」だった.

FENCE OF DEFENCEの90年代の映像3作品が一枚のDVD-Videoにまとめられて復刻された.
その中でも北島健二が独りで演奏する「ROCK DESERT」が非常にカッコイイ.
もともとは,『FENCE OF DEFENSE IV -RED ON LEAD-』に収録されているヘヴィ・ロック・ナンバーだが,
これをエレクトリックギターのみのインストゥルメンタルでやろうという非常にシンプルなものである.
最終的にはギター3本のオーバーダビングと同じ事が起こるのであるが,
単なるオーバーダビングだけでなく映像でオーバーラップしてくるのが何とも言えずカッコイイのである.
なんと言う事はないが,前述の「JUMP」よりもさらにシンプルでありながら,
映像的に眼光鋭い風貌の北島健二が非常にSEXYで,同じ男が観てもゾクゾクするほどである.
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夢の共演

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Marcus Millerの新作『Silver Rain』を聴いた.
もともとMarcusの新譜が出たら聴こうとは思っていたが,
今作はタイトル曲がEric Clapton大師匠の作曲で,しかも歌で参加しているという.
ますます,これは,聴かないというわけにはいくまい.
ドラムス以外は鍵盤やサックスも弾きこなすマルチ・プレイヤーのMarcusでありながら,参加ミュージシャンが非常に豪華である.
しかし,Marcusは黒人であるのでもちろんのことだが,同じ黒人音楽をルーツとするClapton大師匠との共演など思いもよらなかった.
いや,かつて“Legends”でのライヴは実現していたが,なぜ,今までレコード作品としてなかったのか?というのが不思議なのである.
参加曲「Silver Rain」はレゲエのリズムのいかにも最近のClaptonといった感じである.
他の曲はもちろんコンテンポラリー・ジャズで硬質な音質の歯切れの良いスラップ・ベース全開である.
特定のジャンルにこだわりがない限り,自らも楽器を弾く音楽リスナーは必聴の作品である.

2005年4月 6日

5.1chシステム

昨年末にDVDユニバーサルプレイヤーを購入し,長年愛用してきたコンポに接続して2chステレオで使ってきた.
5.1chサラウンドシステムはどうしようかな,サラウンドヘッドフォンでも買おうかと思っていたところへ,
近所のホームセンターの広告に非常に安価なサラウンドセットがあった.
どことも分からないメーカーの中途半端な製品なのがホームセンターの家電の常なのだが,
メーカーを見てFUZEだったので,一流とは言えないが,それほど悪くはないと思ってAVS-3000が8,500円程度だったので割り切って購入した.
いきなり高価な物を買って設置できなかったら泣きだからである.

設置してみると安物ながらもなかなか満足である.
サラウンドシステムというのは聴感上の音量が大きいように思っても,サラウンドの円内から外れるとほとんど音に包まれている感覚がない.
デジタル同軸/光音声入力があり,デコードモードもDTSからプロロジック/プロロジックIIまで揃っている.

かなりサブウーファーに誤魔化されている部分があるとは思う.
本当に芯がある音はチャンネル数は少なくともコンポに委ねられる.

2005年4月22日

レクチャービデオ

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私が所有しているレクチャービデオは,上の3本である.
別にこれらを観て例題フレーズをモノにしようとかは,全く考えていない.
なので教則ビデオとは捉えていないし,典型的な教則ビデオは観ようとは思わない.
単に好きなプレイヤーの演奏を鑑賞し堪能するためだけである.
特に聖飢魔II時代のルーク篁は,デーモン小暮という強力なキャラクターを持ったフロントマンがいる上に
エース清水というこれまた個性的なギタリストがもう一名いるわけで,ライブビデオでも手元が重点的に長時間映ることはまず無い.
江川ほーじんにしても同じである.
爆風スランプ時代は,サンプラザ中野がクローズアップされがちで,バンド・サウンドの中核をなしていながらベースというパートなので注目したファンは一般的には少ない.
爆風スランプ脱退後に結成したRHINOCEROSは,あれほどかっこいいバンドなのにあまり売れなかった.したがってライブ映像はない.
(1stアルバム自体はそこそこ売れたのか,中古店で安価にてよく見かけるので是非一聴されたい)
その後は,主にPORTFOLIOやダブラーズなどジャズ/フュージョンのフィールドでの活動やGRAHAM CENTRAL STATIONのカバーバンドである,江川ほーじん&GRAND STATIONでのライブ活動だったので,
あまりベースマガジン以外のメディアには出てこないし,なかなか東京以外でのライブもない.
そんな中で江川ほーじんの演奏に触れる手段としては非常に貴重なものである.

ソロ活動は,あまりやらないミュージシャン'Sミュージシャンの演奏を間近に観る方法はこれしかない.

2005年5月 6日

レコードレーベル

PCの高性能化によるハードディスク・レコーディング,インターネットのWEB販売や配信といった新しい制作法,販売ルートが確立するとともに,
なぜ,この人(グループ)が?というアーティストがメジャー・レーベルに属さずにインディペンデント・レーベルから作品を発表している.
海外ではジャズのインディペンデント・レーベルは古くからあり,また,日本でのレコード作品の自主制作というのは,一部演歌では古くからあったが,
ことポップミュージックでは1980年代中期に宝島社が主催する“ナゴム・レコード”が発端となってインディーズ・ブーム~バンド・ブームへと発展していった.
もともと,ロックにおける自主制作というのは,セックス・ピストルズが代表なのでパンクやビート系がこぞって真似をしたことがそもそもだろう.
正直言ってその頃は,レコ倫を通さないのをいいことに好き放題に下品だったのでインディーズは大嫌いだった.
しかし,状況は変わった.メジャーレーベルは商業主義が行き過ぎて強力な購買層(女子中高生)しか市場対象にしていない.
現在でも私が好んで聴いているアーティストもかつてはメジャーレーベルに属していたがインディレーベルから作品発表している.
メジャーレーベルとの2年でアルバム6枚の契約に疲弊,消耗し,80年代後半に江戸屋レコードを設立していたChar,
メンバーの一人,西村麻聡がREBARS RECORDSを設立して活動再開を果たしたFENCE OF DEFENSE,
ウーツーレコーズのアマチュアリズムに共感を覚えてHULA-HULA DANCEシリーズを精力的に発表しているKenji Jammer等々.
レコード会社の市場戦略に左右されずにアーティストが作りたい作品を作る場を自ら設定するために自分のレーベルを立ち上げる.
ようやく日本でも本当の意味のインディーズが確立してきたと言えよう.

変り種で言えば,Simply Redは,日本盤はメジャーレーベルだが,実際にはsimplyred.comという自主レーベルである.

2005年5月11日

歌謡曲とロックの間

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阪急三番街で中古レコード市があったので,覗いた.
収穫は,チャーのEP盤「闘牛士」を購入したこと.
昔から中古店で見つけるたびに買うか買うまいか,躊躇してきた.
税込315円だったので迷う余地もなく購入.
当時の定価まで出して買うべきものだろうかとまよっていたのである.というのはB面曲が目当てだからである.
その曲はアルバム未収録曲の中でも唯一CD化されていない「マドンナを堕落させよう」である.
「気絶するほど悩ましい」から続く阿久悠氏作詞の曲である.
聴いた印象は「逆光線」「気絶するほど悩ましい」に近い.内容もそれらに近いセクシーで退廃的な歌詞.
ギターソロも「逆光線」にそっくりである.
なんとなく,忘れられている理由も分かる気がするし,今まで買わなかった事も正解だったように思う.

2005年6月14日

悪魔再集結

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6/2の発表で聖飢魔IIが地球デビュー20周年ということで今年後半に再結成されるというニュースが流れた.
1999年(魔暦元年)末をもって解散しているので6年ぶりの集結となる.
2ndアルバム「THE END OF THE CENTURY」の歌詞に
なるものにえている悪II(再)び甦る
とあったが,みたび甦ったわけである.
聖飢魔IIは私が中学生頃に『聖飢魔II~悪魔が来たりてヘヴィメタる』でデビューしている.
カルト宗教とヘヴィメタルをデフォルメ,パロディ化したのである.
初めて見たときには,KISSの日本版かと思った(エース清水は,まるきりAce Frehley である).
当時から1999年をもって解散すると言い切っていたが,私はハードロック/ヘヴィメタルに全く興味を持っていなかったので,
正直,「あと14年ももつのか?」と冷ややかに見ていた.
イロモノ・ヘビメタバンドとしか見ていなかったのである.
少し見方が変わり始めたのが,ベーシストがゾッド星島からゼノン石川に交代したときである.
ゾッド星島がピック弾きだったのに対し,ゼノン石川は指で弾いており,時にはスラップもやっていた.
HR/HMでスラップ・ベースというのはほとんどないに等しかったので非常に新鮮だった.
次にギタリストの一名がジェイル大橋からSgt.ルーク篁三世に交代した.二名とも共通して速弾きギタリストである.
そのうち私自身もHR/HMにも興味が出てきて聖飢魔IIというバンドの上手さ,面白さに惹かれていった.
どうもその頃から,それぞれのキャラクターもクローズアップされてきてデーモン小暮以外の構成員もTV等でしゃべるようになっていたと思う.
デーモン小暮の話芸は勿論,エース清水のネタ,ルーク篁のオカマしゃべり等々は絶妙である.
日本でHR/HMというジャンルでは,まともにやっていては売れない.とりあえずは印象付けをしなくてはいけない.
私も高校生の頃,よく友人とピント外れなことをいう者に対して聖飢魔II構成員同士のの掛け合いを真似て
「こういうヤツはどうしたらいい?!」「ニッポンを去れ~!」
とふざけてやっていたことを覚えている.
菓子メーカーからは各構成員に合わせて5種類の(極端な)味を詰め合わせたキャンディーも発売されていた.
デーモン&ルークのコンビで深夜ラジオに出演していたことも忘れられない.

とかく悪魔の隈取りとおどろおどろしい衣装やデーモン小暮のキャラクターがクローズアップされがちだが,聖飢魔IIという集団は非常に器用なミュージシャンの集まりである.
現在はミュージカルもこなすデーモン小暮のエンターテナー性とカリズマ性,ハードロック・ヴォーカリストとしての技量.
ライデン湯沢&ゼノン石川の重量感のあるグルーヴとプログレ+ファンクに根ざした変幻自在なリズム.
元来マルチプレイヤーであるエース清水の精緻な音楽理論に裏打ちされたセンスとメロディアスでクールなギター.
エースとは静と動の対局をなすルーク篁の速弾きやタッピングを多用した複雑でテクニカルなホットなギター.
単なるイロモノ・バンドでは15年もたないし,解散から6年経って再集結という話も出ないと思う.
カブキ・ロックスもフラットバッカー~EZOも忘れられてしまっている.

実際,私も聖飢魔II解散後のデーモン小暮以外の各構成員の活動はフォローしている.
雷電湯澤&石川俊介のRX
ACEのFACE TO ACE
ルーク篁&雷電湯澤のCANTA
デーモン小暮のレコード作品は聞かないからといって嫌いなわけではなく,10年ぶりに中波ラジオのパーソナリティを務める番組は毎晩楽しみに聞いている.
日立製冷蔵庫のペンギンの着ぐるみが出てくるCMの,♪だから美味しいね.日立プロフリーザ♪の歌声はデーモン小暮である.
石川俊介は,ベースマガジン誌においてMarcus Millerの対談相手に選ばれる存在にもなっている.

私にとって聖飢魔IIの代表曲は「蝋人形の館」ではなく,ハードロックとジャズが交錯する「RATSBANE」である.
一曲の中でギタリスト二名のカラーの違いが明確に表され,リズム形態がめまぐるしく変化する.
黒魔術や怪奇現象,殺戮を過剰に演出した初期の作品とは趣を異にした,いかにも聖飢魔II的な楽曲ではないが,ミュージシャン,プレイヤーとしての真骨頂だと思う.

聖飢魔IIは,
永遠に 仏滅 なのである!!

2005年6月18日

LIGHTNING BLUES GUITAR FES.

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チャー主宰の江戸屋レコードのシリーズ・オムニバスの1996年版『江戸屋百歌撰“子”LIGHTNING BLUES GUITAR』に端を発して,
当時『LIGHTNING BLUES GUITAR』と題して数カ所でコンサートが行われ,2枚のライブ録音盤がリリースされた.
私は,百歌撰シリーズは全てフォローしきれず,当該スタジオ盤は所有しているもののライブ盤も購入できず,
江戸屋レコード株式会社は解散,作品はそのまま廃盤になってしまっていた.(江戸屋レコードは,現在,版権所有会社として存在しているようである.)
ちょくちょく中古盤店も覗いては探していたが,今回,日比谷野外音楽堂の完全録音記録と映像が新たにリリースされた.
前回のJohnny,Louis&Charの『Free Spirit』に引き続き,江戸屋掘り起こし音源としてである.
探していた物とは異なるが,よりよい形で手っ取り早く入手できるのは嬉しいことである.もちろん通販先行予約特典DVD付きで購入した.
Char,仲井戸麗市,近藤房之助,石田長生,Alan Mirikitani,西慎嗣,Ichiro,山岸潤史,そして故・大村憲司.
これだけ渋好みのギタリストが一堂に会するのは凄いことである.
それぞれに個性的なギタリストの演奏である.感想など端的に述べられない.

9年後の今年,『LIGHTNING BLUES GUITAR 2005』が催されるそうである.

2005年9月 2日

Back Home

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Eric Claptonの新譜である.もはや,私は義務感と惰性で購入してしまっている.

SMAPが愛知万博のイメージソングとして歌った「Say What You Will」のオリジナルが収録されている.
レコード作品としてのリリースがSMAPのほうが先だったのでオリジナル版という印象だが,
このアルバムのリリースが遅れに遅れたので本来はSMAPがECのカバーをしたというほうが正しい.
スタジオの帰りの車中で聴きながら納得がいかないので録り直しに録り直しを繰り返してリリースが遅れたというほどに力が入った作品だそうだが,
わずか1ヶ月後にCREAM再結成公演の音声と映像記録がリリースを控えているので,CREAMからギタリストとしてのECを注目し始めたファンとしては,
どうしても,そちらのほうに気が行ってしまう.
よく言えば,聴きやすい.悪く言えば,引っ掛かるような特徴がない作品である.というほどにギターの聴き所は期待できないと言っても過言ではない.


ごろつき(Reptile:2001年)の漂泊者(Journey Man:1989年,Pilgrim:1997年)がとうとう帰宅(Back Home)したか,ということである.
一曲目の「So Tired」では,3人の娘の子育てに追われる日常を,嬉しそうになぜかダイナミックに歌っている.
「Tears in Heaven」の題材になった,その子の誕生月が8月なので喜んで『One More Car, One More Rider(2001年のライヴ盤に再利用)』を
『August(1986年)』と換えてまでリリースしたのに,同居生活して父親の役割を果たせず,それが結果的にあの悲劇につながってしまった男が,である.
そもそもこのECという人は,自分のプライベートを歌にする以外に歌詞のネタがない人である.
Jimmy PageやJeff Beckと違って,なまじ自ら歌えるがために第三者によっていいように自身を切り売りさせられるというか….
恐らくは,DELEK & DOMINOSの『LAYLA and Other Assorted Love Songs(1970年)』に始まるのだろう.
『461 Ocean Boulevard(1974年)』の「Let It Grow」もそう.とにかく枚挙にいとまがない.
もちろん「Tears in Heaven」もそうだが,もっとも酷いのは,『Money & Cigaretts(1983年)』の「The Shape You are In」ではないだろうか.
自分自身のことならともかく,当時の妻,Patty (もちろん「Layla」のモデル)がアル中になっていることを歌っているのである.
しかも,曲自体は,Albert Leeとのギターバトルが聴き所という,ノリのいい曲なのがなんと皮肉なことか.

2005年9月 8日

BIG GUNS : THE VERY BEST OF RORY GALLAGHER

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TOWER RECORDのポイントが満杯(3000円分サービス)になったので,どれに使おうかと思っていた.
最近は,海外物は日本盤のフルアルバムでも2500円程度なので使い切れない.かと言ってあまり聴きたくもないものを抱き合わせで買うのももったいない.
国内物では,9/7には押尾コータローの新作が出るので,もともとはそれに使おうと思っていたのだが,現在,インディ2作とメジャー3作,映像2作品を所有しており,ひとまずは置いておこうとも考えていた.生ギターのソロ・インストなので,サウンドバリエーションが限られるため少し飽きつつある.
あるいは,CREAM再結成公演記録が出るまで使わずに置いておくのも一つだと思っていた.
そこへちょうど8月下旬にRory GallagherのTaste時代からのベスト盤がリリースになっていた.2枚組24曲収録SACDハイブリッド・ディスクで税込3360円.ちょうどいい価格である.

SACD(Super Audio Compact Disc)のソフトはこれが初めてである.
DVD-Audioのソフトは,LED ZEPPELINのライヴ盤『HOW THE WEST WAS WON』を所有している.これは,一般的にはAudio-CDの3枚組に対してDVD-Audioでは2枚組である.
ハードをDVDユニバーサル・プレイヤーにしておいてよかったと思う.デジタル光ディスクの音楽ソフトであればCD-DAであろうがDVD-AであろうがSACDであろうが,どのフォーマットでも再生できる.

話をもどしてRory Gallagherである.
以前より,ずっとRory Gallagherは聴いてみたいと思いながら,キャリアの長い人であるしどこから聴いてよいか分からず,手を出しかねていた.
アイリッシュ特有のメロディラインが特徴的と言われているが,サウンドは典型的ブリティッシュよりも乾いた感じのブルーズ・ロックであり,R&Rで格好良い.
格好良いのが分かっていながら,なかなか聴けなかったのである.やはり,なにかのきっかけというのは必要である.
ライナーノーツに書かれている,かつてのインタビューの記述に共感を覚えた.

100ワットのスタックアンプに惹かれたことは一度もないね.(中略)小さなコンボアンプのボリュームを8か9くらいまで上げて,椅子から飛び上がって演奏するほうを選ぶよ.(中略)あくまでも好きなのはギターそのものだから,この楽器の可能性を最大限に引き出したいんだ.(後略)
俺はアンプをオーヴァードライヴさせるほうが好きだし,(中略)いろんなエフェクトをあれこれ使って退屈なギター・ブレイクを演奏する連中をずいぶん見たよ.(中略)俺はありのままのギターが好きだ.
原則として俺はパフォーマンスから人間的なファクターが消されてしまわないように,テクノロジーをしっかり自分で制御するように気をつけている.

そしてRory Gallagherと言えば,今回のアルバムジャケットにもなっている1961年式のフェンダー・ストラトキャスターである.
もともとサンバースト・フィニッシュのはずだが塗装が剥げてボロボロである.
Eric Claptonのかつての黒のストラトキャスター“BLACKIE”やStevie Ray Vaughanのストラトキャスター“ナンバーワン”など,使い込まれたギターというのはなんとも迫力がある.
この3人に関しては,ギターの姿さえあれば本人の姿がなくてもよいくらいにギターはその人の分身であるといっても過言ではない.
ノーマルなモデルのはずが,その人の個性が楽器に強烈に焼き付けられて後にシグニチュア・モデルになるのがなんともカッコいい.
塗装の剥れ具合まで再現するのはやり過ぎだとは思うが.

2005年10月 5日

CREAM REUNION 2005

ことERIC CLAPTONやチャーの新作発表となると懐具合を考えずに購入してしまうので困ったものだが,待ちに待ったCREAM再結成ライヴ記録の公式発表である.
つい先日,ERIC CLAPTONのオリジナルアルバムが発表されたばかりであるが,やはり圧倒的にこちらである.
解散コンサートの映像はどう考えても継ぎ接ぎだし全く的はずれなものを映しているので,まともに3人のライヴ演奏がオフィシャルな映像として納められたのは1966年の結成以来初めてのことではないだろうか.

レイドバックだアンプラグドだと言ったところで,ERIC CLAPTONはCREAMに帰着する.
リアルタイムで聴いてきたファンはもちろんだろうが,私のように後追いのCLAPTONファンですらCREAMが入り口だったのである.
なんと言ってもイギリスのカルト的ギターヒーローから世界的に名声を得たのがCREAMである.その歴史的経緯の意味は大きい.
現在のハードロック/ヘヴィメタル・バンドの大半はCREAMの孫や曾孫と言っても過言ではないほど影響を残しているバンドである.
ERIC CLAPTONは1974年の本格的なソロ活動開始以降,ずっと大所帯のバンドを引き連れている.
途中,1980年代半ばにギタートリオ+キーボードの4人編成もあったが,この少し前くらいからギター演奏の迫力が戻ってきたと言われてはいたものの,何か物足りなさがあったことは否めない.
(私はビデオ記録として残っている1986年7月バーミンガムの演奏はシンプルで非常に好きであるが)
いや,しかしこのCREAM再結成の演奏はすごい.
CROSSROADSはもう少しスタカートを効かせた歯切れよいものを期待していたのを除いては,ロックの最小単位ギタートリオで必要十分なサウンドを爆発的に放出していた.
60歳を過ぎた3人でしかもそのうちの一人JACK BRUCEは肝癌の病み上がりなのに37年前の解散時のアルバートホールと同等かそれ以上ではないか.
(GINGER BAKERは,ステージでは昔に劣らない強烈なドラミングを披露していたが,インタビューでは老人に見えたのには驚いた)
ERIC CLAPTONは,最近のJEFF BECKの盛んな活動を見て惰性でギターを弾くことをやめ,再び練習を始めたらしいということだが,その成果発表の場がCREAM再結成公演だったのだろうか(笑).
やはり,これが本来の姿ではないのか.
“カッコいいロマンチックなおじさま”としてERIC CLAPTONを見ている女性ファンにハードロック/ヘヴィメタルの源流たるCREAMはどのように映っているのだろう.

今回のライヴ映像を観て,解散と今回の中間地点に当たり,私のCREAM原体験であるJACK BRUCE, ANTON FIER & KENJI SUZUKI『INAZUMA Super Session』の映像記録がますます観たくなった.

2005年10月22日

TM NETWORK : FANKS "FANTASY" DYNA-MIX

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TM NETWORKの1986年よみうりランドイーストでのライブビデオである.
私が好きだった頃のTM NETWORKである.
LPが2800円,CDが3200円のときにこのVHSソフトが9800円だった.当時高校生だったので到底買えない.
当然,レンタルレコードやレンタルビデオ店のお世話になるわけだが,周囲の級友にもTM NETWORKを知っていたものは居なかった.
すなわち,レンタルビデオ店にも置かれていない.したがって,ビデオクリップ番組で一部を観ることができただけにとどまっていた.
これが阪急三番街の中古レコード市でVHSが1000円だったので購入した.実に20年越しである.
現在,DVD-Videoでも復刻されているが,新品で買ってまでは観たくない.

一般にはこの1年後からヒットチャートをにぎわして世間に認知されていくわけであるが私の中では3rdアルバム『GORILLA』,つまり,ここがピークである.
ここまでが実験的な音作りをしていて面白かったのである.時代の前を走っていたのである.が,4thを最後に聴かなくなった.
コンピュータを駆使したいわゆる“同期モノ”は,URBAN DANCEやGRASS VALEYなどがあったがシングルチャートに食い込む結果を得たのはTM NETWORKだけである.
しかし,90年代初頭,NWOBHMもLAメタルのブームが終わっているのにもかかわらずハードロック的な作品を出したこともあり,
私の好きなギタリストの一人,BRAD GILLISも録音に参加していたが「愚にもつかないものに参加して…」と聴く気すら全く起こらなかった.
この辺で小室哲哉が時代に追い抜かれてしまったのが露呈したように思える.

このライブではサポートミュージシャンが,白田朗(K),松本孝弘(G),西村麻聡(B),山田亘(D).いわばFENCE OF DEFENSEのリズムセクションとB'zのギターである.
本来はFENCE OF DEFENSE丸抱えだったはずだが,北島健二がセッションワークで超多忙だったために松本孝弘が代わりに入ったという経緯はずいぶん前に書いたことがある.
これを買うかどうか,かなり逡巡したが,当時を思い出して,また,未だにFENCE OF DEFENSEも好きであるし,ということで買うことにした.
20年ぶりに観たわけだが,西村麻聡のベースがイイ.FENCE OF DEFENSEでの演奏よりも立っているのではないかと思うほどである.
FENCE OF DEFENSEでのステージのようにスタンドマイクに縛られないので動きも大きい.
残念ながら,サポートなのであまり目立たないし,ビデオの編集上,映っているカットは少ない.山田亘に至っては全く映っていない.
しかし,山田のドラミングもタイトでデカイ.音だけでも十分である.
このツアーのエピソードとしては,西村麻聡はFENCE OF DEFENSEのリードヴォーカリストでもあるので,
「歌わせろ」とリハーサルの時には,宇都宮隆を追い回していたそうである.

2005年10月25日

BとV

日本人の不得手な発音の違いの話ではなく,「BOW WOWとVOW WOWはどう違う?」というVOW WOWが始動した頃のインタビューで「山本恭司と山本譲二くらい違う」と山本恭司が真顔で答えたという話である.
なぜか最近,私はVOW WOWをよく聴いている.
山本恭司のギターというより人見元基のヴォーカルが聴きたいのである.
私が国内外通じてロックを聴き始めたのが80年代中盤なので,ちょうどBOW WOWから斉藤光浩が脱退してVOW WOWが始動した頃である.
たまたま見たNHK教育「ベストサウンド」で初めて山本恭司をみた.
当時はまだ,私自身がやっとアコースティックギターを手にした頃で,エレクトリックギターのことは全く分からなかったが,なぜか山本恭司の黒地に金色のファイアバードの図案のYAMAHA SGが強烈に印象に残っている.
1985年だったと思うので既にVOW WOWである.だから実際,BOW WOWはよく知らない.もちろん,後追いでは聴いているが.
テレビ神奈川の公開ライヴ番組を集めたDVD-Videoのシリーズ「ライブ帝国」,もちろんJohnny, Louis & Char / Pink Cloudは迷うことなく購入して所有しているが,ずっと迷っていたのがBOW WOWである.
ところが観る機会を得たので観たのだが,買ってまで観なくて正解だと思った.どうも,ガチャガチャやっているだけという印象が拭えない.
恐らくは,ヴォーカルが弱いせいだと思う.ロックに特化した音楽番組といえどもTVスタッフの音のバランスに対する意識の低さがあったのかもしれないが.
かなり言い尽くされていることであるが,日本のハードロック/ヘヴィメタルで最弱点はヴォーカルである.故に人見元基の存在はよけいにクローズアップされる.

先日も書いたように80年代の再評価が機運が高まっており,80年代にデビューして90年代に解散に至ったバンドが次々に再結成している.
VOW WOWにも再評価の光が当たることを望む.
人見元基は,現在高校の英語教師をしている.山本恭司は,嬉々として再結成BOW WOWを楽しんでいるようである.
だからVOW WOWを再結成してほしいとは言わないが,せめて中野サンプラザの『HARD ROCK NIGHT』でも最後の武道館でもいいのでライヴ映像を再発売してほしいと思っている.
VOW WOWというバンドのヴィジュアルでは,山本恭司,厚見玲衣,新見俊宏のパーマの長髪,人見元基のストレートの長髪の中で,サングラスに黒いベレー帽という佐野賢二が不思議に印象に残っている.
彼は途中で脱退し現在のBOW WOWにも姿はないが,彼のヴィジュアル的な要素が他のジャパニーズメタルとは一線を画した地に足のついた荘厳な印象を与えていたように思う.
これまで『V』と解散後のCD二枚組のベスト『Legacy』を愛聴してきたが,先日アナログ盤で『CYCLONE』『VOW WOW III』を買ってしまった.
この2枚がVOW WOWでも最も美味しいトコロかも知れない.
しかし,『CYCLONE』の帯に書かれていた“日本のBIG V”のキャッチコピーはいかがなものか,と.BIG VとはVAN HALENのことである.
確かにVを頭文字にしたビッグネームのハードロックバンドには違いないのだが,どうも“日本の○○”というのは後ろ向きでいけない.
とはいえ,イギリスでもリリースされた『CYCLONE』の赤いジャケットデザインと対照的な『VOW WOW III』の黒いジャケットが渋くて格好良く映る.
CDだとAB面という概念がなく連続になるので感動が薄れてしまうのだが,『VOW WOW III』LP B面1曲目:名曲「NIGHTLESS CITY」のタメの聴いたギターのイントロで“おぉ~,キタキタ~”と高揚感を誘われるのが良い.

2005年11月30日

ヘソのすぐ下

私は,パンクやビート系に見られるような,ギターを低く構えるのが嫌いである.
ズボンをズリ下げて穿くのと同じで決して格好良くは見えない.
しかもわざと弾きにくくして,下手さを演出したいのだろうか.

ギターを高く構えれば上体とネックが近づき,ストレッチもやりやすくなり演奏の自由度が増す.
左手首の返しが利くのである.低く構えては握り込んでしまうことしかできない.
だからといってギターが胸の前に来るとまるでバタやんなのでギャグにしかならないことは付け加えておく.
Jimmy Pageなど,レコードとステージでは全く違う.
レコードでは椅子に座るので弾けるフレーズもステージではほとんど膝の高さなので途端に下手くそになる.
Kieth Rechardsもルーズなリフしか弾かないし,指一本で押さえられるオープンGチューニングなのでストーンズの曲はほとんどのキーがGである.

意外とテクニシャンのベーシストは高く構えることが多い.
Billy Sheehanや江川ほーじんがそうである.
私がベースを弾くときには,江川ほーじんを手本にしていてボトムを効かせたいのでスラップ奏法でのサムピングは振り抜き型である.
振り抜き型は弦と親指が平行になるようにならないといけない.
したがって高めに構えなければならないのである.

Eric Claptonはじめ,チャーやEdward Van Halen等,私の好きなギタリスト達は高くもなく低くもない.
私自身もだいたいこの3人と相対的に同じくらいの高さだと思う.このくらいが最も格好良く,しかも弾きやすいはずである.
速弾きしかしないのであれば高く構えても良いが,16ビートのカッティング・リズムギターはあまり高くなるとかえって弾きにくい.
だいたい,ピックが6弦にヒットする高さというのはおおむねヘソのすぐ下あたりではないだろうか.

2005年12月 6日

誇大妄想

なんとなくCREAM REUNIONのCDをかけながら,手慰みにギターをペラペラと弾いていた.
いわゆるカウチ・ジャマーである.
そのうち少々熱くなってきたのでオーディオのヴォリュームを上げて,ギターをアンプに繋いで弾いていた.
コピーするつもりなど全く無い.
「SUNSHINE OF YOUR LOVE」のギターソロ.
何も考えずに無の状態で指の動くのに任せていたら,終盤にわずか2小節分ほどだけではあるがCLAPTON師匠とそっくりそのままのフレーズを弾いていたことに気付いて自分で驚いた.
それほど聴き込んではいないのでソロのフレーズなど全然覚えていない(1967年のオリジナル・スタジオ盤のソロはもちろん憶えている).
無意識に起きた現象だったので,一瞬だけ“神”が降臨したのかと思った.しばし放心状態である.
考えてみれば,偶然とは言え,必然性は十分ある.キーとスケールと展開のパターンが決まっているからその周辺にしか行きようがないのである.

学生時代にスタジオで何も決めずにジャムった時に覚えた高揚感を思い出した.

2005年12月14日

天邪鬼

チャー先生の新作である.

山田耕筰の童謡「あかとんぼ」はあるし,クレージーキャッツの「スーダラ節」はあるし,はっきり言って曲はバラバラ.
しかし,統一感を抱くキーワードがある.

それはノスタルジーだろう.

先行シングルである「Piano」はまるで絵日記のような曲である.
ジャケットの子供の頃の写真,ちょうどピアノを始めた頃なのだろう.
中ジャケには御母堂と写った写真.
数年前に戸越銀座の竹中医院を見に行ったときにちょうど家に入って行かれたのを見かけたのがまさにその方だったのだと思う.

2005年12月20日

お揃い

リットーミュージック刊Guitar Magazineは,毎月ミュージシャン以外の有名人にギターのことを語ってもらうページがあるが,
2006年1月号には,“ぐっさん”こと山口智充氏が登場していた.
雨上がり決死隊の宮迫氏とのフォーク(風)デュオ“くず”でレコード歌手としての側面も持っているのはご存じの通りである.
私は彼の出演しているTV番組を好んで観ているわけではないので気付かなかったのだが,Guitar Magazineを見て初めて分かったのが,
彼が所有しているアコースティックギターがYAMAHAのFG-300Dで,私が15歳で初めて買ったギターと同じものだったのである.
気が付けば,かれこれ20年である.
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ぐっさんもかなり物持ちが良いと見受ける.
サイト本体にも書いているので,お読みになった方もいらっしゃると思うが,安物だがコストパフォーマンスに優れたギターで10年以上弾き込んでいるとかなり音が良くなってきたのである.
弾いていて,カッタウェイのエレアコが欲しくなって何度も買い換えようかと思ったが,このGuitar Magazineの記事を読んで,手放さなくて良かったと改めて思っている次第である.

2006年1月11日

もったいない

この単語がどうやら世界共通語として認識されそうな昨今であるが,元来,私は貧乏性なのでよく使う言葉である.

80年代に製造されたスピーカーのほとんどが同じ状態になってしまうという.
スピーカーエッジがウレタン製のために加水分解して劣化してしまうのだ.
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ちょうど3年前にコンポのスピーカーをDENON SC-A50に新調して,古いスピーカー(KENWOOD S-7VX)をどうしようかと思いながら3年過ぎた.
スコーカーとツイーターは健全なのである.
粗大ゴミとして処分してしまうのも一つであるが,ウーファーが25cm級というのが文字通り捨てがたく,何とか再生する方法が無いかと思って調べてみるとやはりあるではないか.

“スピーカーエッジ”でWEB検索すると相当数のヒットがあった.
大半がスピーカーエッジをセーム革に交換するというもの.
購入から18年を経ているのでメーカー修理は望めない.リペアショップのページもあったが,1本当たり2万円も修理代がかかってしまう.
修理キットもあるらしいが,仮に口径が合致しても1セット8千円以上である.SC-A50は1本1万2千円なのだ.あまりにも馬鹿らしすぎる.
S-7VXは幸いにもコーンが紙ではない.当時のカタログには多湿な日本の気候に左右されないように炭素繊維樹脂を採用と書かれていた(と思う).
ということは,古いエッジを剥がすのにさほど注意を要しない.
したがって,自分でエッジ貼り替えを挑戦してみる価値はありそうなのでこの連休を利用して実行してみた.
セーム革は自動車用品店で売っているもの(1500円),接着剤は合成ゴム系の透明なものを調達してきた.
作業にかかる前にMarcus Millerの『M2』を聴いておく.低音成分が腰抜けで,かつ,ひずむ.

もっとも手間がかかり,大変なのが古いエッジを除去する作業である.
もともとは発泡ゴムのような感じだったのに,触ってしまうとベトベトして黒い糊状になる.
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これをカッターナイフの刃の背と有機溶剤で剥がしていくのだが,半日を要した.
外径と糊代を考慮した輪状の型紙を作成して,セーム革を切り抜いてスピーカーエッジにする.
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後は塗り残しが無いように接着剤を塗布して貼り付けるだけである.
外周は表から貼って,エッジ部は裏から貼る.エッジに緩みや皺が生じないように軽く引っ張りながら圧着する.
見切りの輪をセットすると悪くないではないか.白っぽい輪が往年のアメ車のタイヤのよう.S-7VXとSC-AC50を並べると見ための迫力が全く違う.
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『M2』を皮切りにいくつかソフトを再生してみる.やはりSACDやDVD-Audioのソフトに修理の効果がてきめんに現れた.
若干低音が硬いようにも思ったが,タイトとも言える.
15年かかって劣化したものが急に新品になったので,同じスピーカーとは思えないほど良くなった.
購入したのが18年前なので,初期状態でどんな音だったかはもはや記憶にないが,もしかするとオリジナルの状態よりも良くなったのかも知れない.

最後になりましたが,スピーカーエッジ貼り替え記録をウェブで紹介されている諸氏に感謝を申し上げます.

2006年1月23日

愛の悪魔

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昨年後半は,聖飢魔IIが地球デビュー20周年の再集結ということで,ミサツアーのどの会場も満杯ですぐにチケット完売だったそうである.

勤め帰りに中古レコード店をのぞくと聖飢魔II解散後エース清水元長官がデビューしたユニットface to ace(相棒は元GRASS VALLEYの本田くらげ)のビデオクリップと中野サンプラザでのライヴを収録したDVD-Video『notescape』があったので購入した.
エース元長官といえば,聖飢魔II信者の中でも女性信者の人気を“愛の悪魔”として集めていた.
各構成員の発生日(誕生日)には信者は何かをするというものがあったが,エース・デイには,女性信者は好きな男性に自分のパンツを贈るということだった.

1stアルバムの『FACE TO FACE』は発表とほぼ同時に入手しているが,このようなビデオ作品があったのは知らなかった.
音楽性は聖飢魔IIとうってかわって,都会的で洗練されたポップで退廃的ですらあるAORやダンスナンバーが中心である.
ライヴパートは,聖飢魔II時代に個悪魔活動として発表した『TIME AXIS』の収録曲も演奏されていた.
ギターを持たずにハンドマイクで身軽に踊りながら歌うACEというのも意外だった.
エース清水のソロライヴではインカムでギターを持たずに踊っていたことは知っていたが,face to aceの音楽性は,まんま『TIME AXIS』の延長上にある.
聖飢魔IIの音楽性はHR/HMなので,ナチュラルトーンのカッティングは聴くことはできなかったが,ギターソロは紛れもなくエース清水のそれである.

元聖飢魔IIの構成員,ルーク篁,雷電湯澤は対極のにある暑苦しいハードロックをCANTAでやっている.
CANTAもface to aceもデビュー作はメジャーレーベルから発表したが,現在はインディーレーベルから作品を発表し続けている.
インターネットの普及も手伝って,さまざまなコストを省いて聴きたい者だけが聴ければ良いという,良い時代が来ているのかも知れない.

2006年2月 9日

NIGHT RANGER / Hits & Acoustic Rarities

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こういうアルバムがリリースされていたとは全く気付かなかった.
無理もない.現在NIGHT RANGERは日本のどこのレコードレーベルとも契約は結んでいないようで,輸入盤なのである.
(なぜかSIMPLY REDの"SIMPLIFIED"も国内盤がリリースされていない)
しかし,国内盤の旧譜はどれも廃盤とはなっていないので大したものである.
1997年にオリジナルメンバーでの再結成が果たされ,矢継ぎ早に2枚のオリジナルアルバムと1枚のライヴアルバムをリリースし,そこから日本からはまた沈黙しているように見えていたが,どうやら毎年夏には合衆国国内のコンサートツアーを行っていたようである.
私は,オリジナルアルバムは全て所有しているため,解散後に何度かリリースされたグレイテストヒッツには見向きもしていない.
しかし,この結成25周年記念盤"Hits & Acoustic Rarities"は新録音である.存在を知ってしまったからには聴かないわけにはいかない.
選曲は,1st"DAWN PATROL",2nd"MIDNIGHT MADNESS",3rd"7 WISHES"からである.
もともと,リードシンガーのJack BladesもKelly Keagyもいかにもヘヴィメタルなスタイルではなく,自然な歌い方をする人なので聴きやすく,故にバラードバンドのレッテルを貼られて失速していったので,私はNIGHT RANGERのバラードはレコード会社に無理強いされている印象があって嫌いだったのだが,この新録音のベスト盤に収録されている'SISTER CHRISTIAN'も'SENTIMENTAL STREET'も非常によい.
特に別バージョンのアコースティックによる'SISTER CHRISTIAN'がいい.むしろパワー感がある.
そんな中でなぜか違和感があったのが,1曲目の'DON'T TELL ME YOU LOVE ME'である.
疾走感のある曲だったはずなのだが,なぜかトゲと毒気が抜かれてしまっている.どうもイントロのギターの繰り返しパターンの音色とボーカルが原因のようである.Brad GillisとJeff Watsonのギターソロはオリジナル当時以上にギンギンである.
全体的にオリジナル録音とギターソロのフレーズはほぼ寸分違わない.
高校生当時の青臭くて血の気の多かった頃を思い出させてくれるが,しんみりするのではなく,あくまでカラッとした西海岸の空を思い起こさせるところがアメリカン・ハードロックの良さではないだろうか.

2006年4月22日

アナログプレーヤー新調

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3月半ばにデノンからアナログレコード入門者から愛好者まで幅広い要求に応えるというコンセプトでフルオートレコードプレーヤーDP-300F(写真上)が発売された.
今まで,約20年間松下電器製のアナログプレーヤーを使ってきたが,カートリッジ交換はできるものの,ここ最近は特に物足りなさを感じていて,もう少しマシなアナログプレーヤーが欲しいと思っていたところへ2月にこのニュースが飛び込んできた.
で,店頭に並び始めて約一ヶ月の思案の後に購入を決意して,日本橋のオーディオ店へ出向いた.
DP-300Fの店頭表示価格は36,000円だったが,同じように陳列されていたSONY製のフルマニュアルプレーヤーPS-LX350H(写真下)が30,000円あまりであったので大いに迷った.
SONY製は,ターンテーブルの外縁にストロボが付いており,再生ピッチの微調整も可だったのである.
同じ買うなら少しでも本格的なものにしよう,アナログ盤を扱う限り手動作業が増えてもそれは問題ではないとは思ったのだが,結局,デノンにした.
決め手は,DP-300Fはフォノイコライザ内蔵で出力がPHONO/LINE両用だったからである.
手持ちのオーディオアンプだけのことを考えればフォノ出力だけで必要十分なのだが,オーディオキャプチャしてデジタル化することを考えると,PCに接続しなければならないのでライン出力できなければならない.
初めてトーンアームのカウンターウェイトを調整するプレーヤーを自分のものにできたことになる.使える状態に持って行く作業がなかなか楽しかった.
(使っていた松下製はサーボで針圧を自動調整していた)
盤を再生してみて,ロックといえども,デジタルオーディオ特有の耳障りなトゲがないアナログの耳触りの良さを実感している.
しかも仕様的に再生域が広がったので低音から高音までCDに全くひけを取らないと思う.
いや,実際にはむしろアナログ盤のほうがCDよりももともと幅広い音域の記録がされているのである.
何が違う,と明確に言葉で表現することはできないが,離散値(デジタル)と連続量(アナログ)の違いは感じることができる.

アナログ盤は100年以上の保存が実証されているが,通常仕様のCDやDVDといった光ディスクはアルミニウム記録面の酸化により15年以上経るとエラーが発生し始める.
(実際,所有しているCDで,オーディオ再生はできてもリッピングでエラーが発生する古いCDが出てきてしまっている.)
長い目で見るとアナログ盤のほうが保存性がよい.
私よりも少し上の人からは,DEEP PURPLEの『MACHINE HEAD』や『LIVE IN JAPAN』を擦り切れるまで聴き,さらにはヘッドシェルに1円硬貨を載せてまで針飛びを防いだと言う話も聞いたが,もはや,それ程まで聞き込むこともないので摩滅の心配はない.
最近,気分的に低調だった中古アナログ盤でのロック名盤収集がまた始まりそうな気配である.いや,ジャズまで広がるかも.

これまで使ってきた松下電器製でも1984年の購入当時,定価が29,800円だったと覚えがあるので,かなり安価で本格的といっても良いアナログプレーヤーが手に入れられる状況にあるといえる.
しかし,ELPレーザーターンテーブルが,一般のアナログファンが購入できるまでに値が下がることは期待できないものなのだろうか.
EUの鉛フリー化の動きを受けてアナログカセットデッキもなくなってしまうのではないかというニュースも入ってきている.

2006年5月17日

VOW WOW / ROCK ME FOREVER

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山本恭司自らによる選曲とデジタルリマスター2枚組のスーパーベスト盤が満を持してのリリースである.
オリジナルアルバムはおろか,解散後に発表された2枚組ベスト『Legacy』も廃盤状態にあり,唯一,東芝EMIが中途半端に現行盤として出している『Twin BEST』があったのみなので,VOW WOWファンの間では待ち望まれて久しかったものである.
解散間際にはメンバー間の不仲がかなり激しかったそうなのだが,ファンにとってはVOW WOWというバンドの存在が貴重だったのである.
特に今現在は高等学校の英語教員でありながら,GENKI SESSIONを定期的に開催したり,NHK教育の音楽教育番組や大谷令文のアルバムにも参加するなど,決して音楽から離れてしまったわけではない,人見元基.
好き嫌いはあろうが,彼のハードロック・ヴォーカリストとしての技量と存在感は唯一無二であり,絶対に英米のヴォーカリストにひけを取るものではないということに対しては,誰も疑問を抱くことはないだろう.
VOW WOWの5年間が人見元基の英語力と歌唱力の双方が遺憾なく発揮された唯一の場だったのではないだろうか.

このベストアルバムに寄せた山本恭司の言葉,
「VOW WOWを大好きでいてくれた人達,このアルバムで初めて音に接する人達,そのどちらにとっても,このバンドの残した音楽は,鮮烈なインパクトを持って訴えかけるはずだ.そしてVOW WOWが80年代を駆け抜けた“奇跡のバンド”だったということにも同意してもらえるのではないだろうか.」

この後も入手困難になっていたライヴ映像4タイトルがDVD-Videoとして復刻されることが決定している.

聖飢魔IIやSHOW-YA,EARTH SHAKERなど80年代のハードロックバンドが次々に再結成を行い,当時以上のライヴパフォーマンスを披露している.
ついついVOW WOWもと期待してしまうのが人情である.

2006年6月27日

Videogram of VOW WOW

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少し前に書いたようにBOW WOW結成30周年を機にVOW WOWの幻の映像作品が6月14日にDVD-Videoで復刻された.
実は,私は予約せずにしかも一枚ずつ買い求めたのである.
発売日前日に店に行ったら,1985年渋谷公会堂公演『VISIONS』と1986年中野サンプラザ公演『VOW WOW LIVE』(写真左)しかなかった.
『VISIONS』は最初期のもので曲目の観点からインパクトに欠けるため『VOW WOW LIVE』を購入し,1990年武道館公演『JAPAN LIVE 1990 AT BUDOKAN』(写真右)を注文して帰った.
これらのリリース情報を得たとき,4作品のうち中野サンプラザは唯一のライヴ盤もこの公演であったので最低限絶対に観たいと思っていた.
中野サンプラザ公演は『VOW WOW III』リリース後のものなので,お気に入りの曲「NIGHTLESS CITY」「SHOT IN THE DARK」等々が収録されている.
2日後に武道館公演が入荷したとの連絡を受け購入.
選曲はやや地味なようにも感じたが,このわずか数ヶ月後に前触れもなく解散してしまったという曰く付きである.
音質は断然,中野サンプラザよりも良い.
こうなると1989年LONDON ASTORIA THEATRE公演『LIVE IN THE U.K.』(写真中)も観たくなり,購入しようとレコード店に寄ったが棚に見あたらなかったので注文しようとしたら,在庫があったので即購入.
これはNeil Murray(Ba.)在籍時であり,英国でのデビュー盤『CYCLONE』がハードロック・チャートで上位に入ったという人気もうかがい知れる.

ASTORIA THEATRE公演と武道館公演は純粋にライヴ記録であるが,中野サンプラザ公演のものは,各パートをフィーチュアしたビデオクリップが挿入される.
何と言っても厚見玲衣が,巨大なパイプオルガンを前に「SIGN OF THE TIMES」のイントロを弾き始めるのが大仰で良い.
大仰であるが,ハードロック/ヘヴィメタルにはそのくらいのハッタリは必要であるし,なおかつ,そんなハッタリめいた映像でもVOW WOWには全く違和感がない.
ハーモニーを受け持つだけでなく,ギターとのユニゾンフレーズで両輪をなすかと思えば,ギターもそこのけの切れ味鋭い自己主張の強いソロを繰り出す.
ハードロックでキーボードが前面に出てくるのはあまり好みではないのだが,DEEP PURPLEのJOHN LORDと,このVOW WOWの厚見玲衣だけは別である.

ギター演奏では,右手のピックで指盤を押さえるピックタッチが山本恭司の流麗な演奏の中でとりわけ特徴的である.
一般にはタッピングで済ませてしまうのだろうが,それでは音の輪郭がぼやけて上手くニュアンスが出せないのだと思う.
また,アップテンポよりもミディアムテンポの曲のほうがそれぞれのパートが際だち,荘厳で重厚な印象を与え,VOW WOWらしさが十二分に発揮されているように思う.

今のところ当初の心づもりのとおり『VISIONS』の購入は見送っておくつもりである.

2006年7月19日

Char / SINGLES 1976-2005

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竹中尚人先生の1976年のソロ名義でのデビューから2005年までのレーベルを跨いでシングルを集めたCD3枚組である.
アルバムは15年ほど前に全てCDで復刻されているが,シングルはCD復刻されていない.
7インチEP盤でのアルバム未収録曲は,「闘牛士」B面の「マドンナを堕落させよう」,「Girl」A面,「ブルー・クリスマス」両面である.
「Girl」は私が17年前にチャーのソロ作品入門としたプレイバックシリーズにも『Character』にも収録されているので購入しなかったが,「闘牛士」と「ブルー・クリスマス」は中古でEP盤を購入していた.
そして横浜F・マリノスのイメージ曲「45 OVER DRIVE」はF・マリノスショップでしか入手できないと言うことなので,この春あたりに町田~相模原へ出張がちょいちょいあったので寄り道して購入しようかとも思っていたが,結果的に買わなくて良かったように思う.
チェンジャーでもない限り,シングルというのはCDでも面倒なものである.
特にチャー先生の場合,実況録音や明らかなるバージョン違いがB面やカップリング曲に収録される場合が多いので,シングルといえど見逃せない.
それがこういうまとまった形になるというのはありがたい.

購入の最大の動機は「45 OVER DRIVE / A Fair Wind(Live)」が収録されていることである.

なんだこれは?

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チャー先生の30周年記念シングル集をタワーレコードで購入したときに目にとまったのがこれ.
Eric Clapton大師匠の1989年の実況映像DVD-Videoである.
同じ公演の実況録音CDもあったが,DVDだけに購入をとどめた.
価格としては公式盤的な価格である.
内容的には,日本数カ所で行われた25周年記念コンサートの流れである.
Elton Johnが居ないだけでDIRE STRAITSのMark Knopflerがセカンドギタリストとして同行している.
したがって,DIRE STRAITSのヒット曲「MONEY FOR NOTHING」も演奏され収録されている.

映像の構成を見る限りは,海賊版のそれではないと思えるが,音質も画質もお世辞にも良くない.
すでに昔からVHSビデオテープで所有している『エリック・クラプトン・アンド・フレンズ』『24 NIGHTS』のほうがむしろ格段に良い.
CDを購入しなくて良かった.良くないながらも映像を伴っているから許せる部分があるが,音声だけでこの品質はかなり不満を生じると思われる.
どうしようもなく酷いものではないのでまあ良いのだが,タワレコには輸入盤はあっても海賊版はないと思うので,どういうものかわだかまりが残る.
リリース元のImmortalレーベルというのは,何なのだろう?
しかし,私が1991年に大阪城ホールでも実際に観た,Nathan Eastがアップライト・ベースを弾きながらリード・ヴォーカルをとった「CAN'T FIND MY WAY HOME」が同様の演奏形態で収録されているだけでチャラにしてしまえるが.
題名になっている1987年版「AFTER MIDNIGHT」は,あまり印象に残るようなものではない.

2006年10月 3日

VOW WOW / HARD ROCK NIGHT

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BOW WOWデビュー30周年記念の一環,ビデオ4作品,オリジナルアルバムに続くVOW WOW復刻第3弾である.
24ビットデジタルリマスターが施されている.
復刻前は,一連の作品の中で,これを一番探し求めていたが見つからず,やむなくとりあえずアナログ盤の『VOW WOW LIVE』を購入して所有していた.
内容はライブビデオ『VOW WOW LIVE』と同一素材である.また,アナログ盤『VOW WOW LIVE』とも同一素材であるが,収録曲はこの『HARD ROCK NIGHT』が最も多い.
結果的に1986年の中野サンプラザ公演は,3通りの形態が存在する事になる.
デジタルリマスターが施されている事もあり,今回復刻された『HARD ROCK NIGHT』がもっとも音に奥行きと迫力があるように感じる.
ただし,どれも同一素材共通音源記録のため,共通して気に入らないというか,耳障りな部分が有る.リズムギターの音に少々不快な軋みのような成分が含まれているのだ.
その点を除けば,VOW WOWのライブパフォーマンスは完璧である.
ライブ演奏というのは少なからずハプニングやアラが見えてしまい,それがまたライブの楽しみであったりするのだが,スタジオ録音のレコード並に完成度が高い.
かと言って,スタジオバージョンをそのままなぞるのみに終始しない.
その一つの例として,ギター,ヴォーカル,キーボード・パートのソロコーナーが収録されているが,ヴォーカルのソロコーナーがあるというのが珍しい.
ヴォーカリストが生ギターを持って一人で弾き語りというのは良くあるパターンであるが,人見元基が無伴奏で歌うのである.本当のヴォーカル・ソロである.
いや,もう人見元基しかできないと言っても過言ではないだろう.
ヴォーカルだけでなく,全てのパートが荘厳で華麗で緻密である.
VAN HALENのようなROUGH & EASYなのも大好きなのだが.

2006年11月19日

J.J. CALE & ERIC CLAPTON / THE ROAD TO ESCONDIDO

ようやくこの作品について,書くことができた.
普通なら入手してすぐに聴いてすぐに感想をまとめ始めるのであるが,今回はなかなか始める事ができなかった.
それは,置いておいて.

本作品でも,前作『BACK HOME』同様,ゆったりと余裕を持ってのびのびと演奏し,歌っている.
鬼気迫るようなギターとヴォーカルは,『JOURNEY MAN』の「OLD LOVE」が最後だったのかも知れない.

J.J. CaleとEric Claptonと言えば,「AFTER MIDNIGHT」「COCAIN」のカバーで有名である.
2曲ともECの定番曲である.特に「COCAIN」はライブコンサートにおいて必ず演奏される曲でもある.
もともとは,CREAMの「SUNSHINE OF YOUR LOVE」のリフをJ.J.が真似たのが「COCAIN」だそうであるが,その曲をまたECが気に入って長年に渡って演奏していると言うのが面白い.
ECの新作は,J.J.とのコラボレーションであると知ったときにこの2曲の新録が聴けるのかと思ったが,そうではなかった.
ライナーを読むとまだまだ本人達も足りなさそうな印象を受けるので期待できそうな気がする.

ここ最近のECはカバーやコラボレーション作品が非常に多い.
B.B. KINGとの『RIDING WITH THE KING』や『FROM THE CRADLE』や一連のROBERT JOHNSONのカバーアルバムがそうである.
1989年発表の『JOURNEY MAN』のときに何かで読んだのであるが,もはや,抽斗を使い果たして自分で曲が書けなくなってしまったために誰か別のコンポーザーが必要になったということだったのだが,それがずっと続いているようである.
しかし,YARDBIRDSの昔からECはカバーでこそ真価を発揮しているようにも思える.だから無理をしてオリジナルを書く事もないのだ.
70年代のライブテイク集『EC was Here』がその最たるものではないだろうか.

2006年11月24日

JUNGLE HOP / DO THE JUNGLE HOP

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このようなアルバムが発表されていたとは全く知らなかった.
2005年春のリリースで,このバンドはもう2005年いっぱいで解散している.
目当てはもちろん江川ほーじんである.
他のパーソネルは,
石川二三夫(Vo.&Harp)
小出斉(Vo.&G.)
岡地曙裕(Dr.)

収録楽曲にオリジナルはなく,モロにブルーズなので,江川ほーじんとの取り合わせは少々意外な感じがするが,すっかりハマっている.
ファンキーなシャッフル・ブルーズがとてもよく似合っている.
きっと並の自己主張が強いベーシストなら,このような形態でスラップで演奏しようものなら浮いてしまって仕方がないところだろう.
ほーじんのベースに,初期のRHINOCEROSで聴かれたような派手さはあまり無いが,やはり押さえるところは押さえている.
Joe LigginsがオリジナルのM5:Pink Champagneは最高にファンキーでぐいぐいベースが引っ張っている.

ブルーズは,Eric Claptonを入り口にしてそれなりに親しんでいるので,聴く事に関してはまったく違和感はない.

2007年2月27日

大谷レイブン/RAVEN EYES II

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最近,私が買い求める国内アーティストのCDは,意識はしていないのに,ほぼ必ずといってよいほどインディペンデント・レーベルのものになってしまっている.

日本におけるヘヴィメタル黎明期から活躍するMARINOの大谷令文が2006年4月発表したソロアルバムである.
日本のヘヴィメタルというと米英でそれぞれ人気を博したLOUDNESSとVOW WOW,そしてコマーシャルな路線で売ったEARTH SHAKERと聖飢魔IIがよく知られたところである.
偏見以外の何者でもないが,私自身もこれら以外は,どうもアンダーグラウンドな印象を持ってしまっていて手が出なかった.
聴いてはいなくてももちろんMARINOも大谷令文も知っている.
そんな中,偶然YoutubeでMARINOのライブ映像を見た.同時に大谷令文の演奏も初めて見たことになる.
MARINO自体は申し訳ないがヘヴィメタルと日本語詞との間に違和感を抱いてしまっているのだが,思いのほか彼の演奏が気に入ったのである.
そんなこんなで,この『RAVEN EYES II』である.
実は,このアルバムの一番の目当ては人見元基である.もちろん大谷令文の演奏が気に入ったことが購入の動機ではある.
最近,大谷令文と人見元基は一緒に演奏することが多いようである.
江戸屋百歌撰シリーズの1997年版『丑-This is LOVE』にはHALKO(桑名晴子)&GENKI(人見元基)で「Sound of Ground」という曲が収録されているが,バッキングは大谷令文,高橋亮,ロジャー高橋の令文グループである.
そして,NHK教育のむしまるQという番組ではGENKIで「ZOUGAME」(作曲に難波弘之!)をはじめとして何曲かやっていた,子供向けの音楽番組でアニメーションもいかにもなものだが,ヴォーカルもサウンドも最初期のVOW WOWのそれを彷彿とさせる.
こ「ZOUGAME」でも大谷令文が指が飛ばんばかりの速弾きを披露している.

“ストラトキャスターの魔術師”の異名をとっているが,どうも昔から私にとってはJOHN SYKESと同様に黒のLPカスタムの印象が強い.

2007年3月 7日

あの先生

ここ一年ほど,人見元基のヴォーカルを求めてやまない.携帯電話にVOW WOWの『Legacy』と『ROCK ME FOREVER』をリッピングして常に聴けるようにしてある.

そんな中,偶然にこのようなブログ記事を見つけた.
高校生の女の子のブログである.トラックバックしたかったが受付けていなかった.
ここに書かれている『あの先生』とは,人見典明(本名)教諭であることは間違いない.ということは,日付もごく最近だし,この子は千葉県立某高校の現生徒なのだろう.
人見教諭が,前の勤務先でも軽音楽部の顧問で,現在もそうだということが推察できる.
「鼠がアンプの裏で耳から血を流して死んでいた」など完全に伝説である.

VOW WOWが活躍していたのは,私の高校時代の前後であるから,今のこのブロガーの子と同じくらいの年頃である.
ヒットチャートを見ている限りは,正直,イマドキの高校生とは絶対に感性が相容れないと思っていたが,良い物は良いとちゃんとわかってくれるというのが嬉しい.
と同時に非常に羨ましい.
英国のハードロック・チャートに食い込んだ英語力と声に直に触れることができるのである.
英語教諭によくありがちな机上だけの,口元に自意識が集中したような独特のカタカナ英語ではないのは,VOW WOWのライブ映像,特にAstria Theatreのライブを見れば明らかである.

教科書や参考書の出版社として知られる文英堂が英語教諭向けに季刊で発行する「UNICORN JOURNAL」53号に人見典明教諭が取り上げられている
彼からすれば,英語もロックも同じ.
VOW WOW解散後に英語教師に転身したことに不思議は無い.別のところで目にした記事では,東京外大卒業後は普通に英語教諭として就職するつもりだったそうである.
そのロックヴォーカリストとしての技量ゆえNOIZ~VOW WOWの活動で,むしろ就職浪人してしまったとも言えるかもしれない.
現在は“職業ロックミュージシャン”から完全に足を洗って“公務員”として生き,趣味としてのライブ活動に収まらず,ミュージシャンからライブやレコーディングにゲストヴォーカリストとしてちょくちょく呼ばれては参加する.
VOW WOW解散から15年以上になるのに,惜しまれている証である.

B'zの稲葉浩志も高校数学教諭の免許を持っていることは有名である.(稲葉のアマチュア時代の憧れがVOW WOWの人見元基だっということを漏れ聞いたことがある)
人見元基がJanis Joplinの「Move Over」とLED ZEPPELINの「Communication Break Down」で参加した,同じB'z松本孝弘の『Rock'n Roll Standard Club』も某古本店で買い求めてしまった.(とはいえ,申し訳ないが,やっぱり松本のギターは好みに合わない)

2007年3月23日

FENCE OF DEFENSE / hot dogs 2

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FENCE OF DEFENSEの通算14枚目のアルバムである.
2006年12月に発表になったが,明けてこの3月21日にようやく店頭販売されるようになった.
メンバー3人がすべて戌年であることから13年前に『hot dogs』という作品が発表され,戌年である昨年年内に発表すると宣言されてぎりぎり年内に間に合ったと言う作品である.
秋頃から沖縄での録音に入ったので実質3ヶ月程度でリリースにこぎ着けたということである.自主レーベルだからこそできることかもしれない.
前回の『hot dogs』は事実上,EPIC/SONYからは最後の作品となった.

前回の『hot dogs』は,「IN LONDON」で始まり,今回の『hot dogs 2』は「IN OKINAWA」という三線の音色でのんびりと始まる.作品の印象は,というと,オリジナル作品活動再開第一作である前作『パンゲア』よりは良いんじゃないかと思った.
私見であるが,FENCE OF DEFENSEの音楽性への印象を喩えて言うなら,
水晶のように透明感がありながら硬質で骨太,かつ,無機質ではないが冷徹でシニカル
と思っていたが,中には90年代初頭のバンドブームの頃の青臭いビートロックの曲もあって若干身を引いてしまったし,「君にムチュムチュ」などという題を付けられると,なんか違う,もうちょっとなんかなかったのかとついつい思ってしまう.曲調も歌詞も嫌いではないだけに複雑である.
私の一回り上,30~40年前の会社員ならば後10年しないうちに定年が待っている年齢である.
3人とも,あまり老けたという印象がないので何ら問題はないのであるが.

久しぶりに,典型的なゴリゴリのハードロックを新作で期待したい.

2007年3月27日

ヘッドレスギター

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深夜のNHK総合(大阪)の「上方演芸ホール」を落語を中心によくみている.
先日,漫才の回ときに横山ホットブラザーズが出演していた.
三男のセツオさんの使用しているギター,いつものように黒のヘッドレスだったのだが,ピックアップ直ぐ下のブランドロゴがいつもとは違っていたことに気がついた.
よく見ると,今までHONERだったのがSpirit by STEINBERGERに変わっていた.ロックの奏法で弾きまくるわけでもなくフレットの損耗もそんなにないだろうにそれほど傷むはずもないように思う.長男のアキラさんもちょっと前まで大きなピックギターだったが,小さいアコースティックギターに持ち替えている.
ともあれ,ホットブラザーズのような音楽ショーやコミックバンドにはヘッドレスが重宝するそうである.
ビジーフォーのモト冬樹氏は本物のSTEINBERGERを使用している.
“コケ”がやりやすいそうである.ギターの全長が短く,どこかにヘッドをぶつける恐れがないうえに軽いのである.
昔はモト冬樹氏はLES PAULを用いていて重くて大変だったそうである.

ヘッドレスギターというものがあるのに気づいたのと,エレクトリックギターに興味を持ち始めたのはほぼ同時期だった.
当時の最新作『MOBO倶楽部』のジャケットで渡辺香津美氏がSTEINBERGERギターとともに写っていた.
そして,ライブビデオ『LIVE WITHOUT A NET』でEdward Van HalenがKRAMER "5150"のサブギターとして使っていた.
それ以来,あの素っ気ないSTEINBERGERタイプのヘッドレスギターがあこがれの対象の一つとなっている.
各弦相互の音程を保ったままアーム・アップ/ダウンができるTrans-TREMを搭載した本物のSTEINBERGERは高価すぎて購入できずにいるが,廉価版のSpirit by STEINBERGERは購入して6年あまり.手放すつもりは毛頭ない.

2007年4月 3日

Johnny, Louis & Char / Real Rock

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J,L&Cの初期のライブ映像を収めた江戸屋アーカイブスの最新リリースである.
非常にとんがった演奏であると感じた.ちょうどいい荒っぽさである.
先に80年代後半のPINK CLOUDのライブ映像2編が発表されていたが,そちらと比べても非常にスリリングである.
Real Rockと題されて十分それに遜色のない内容であると感じた.

PINK CLOUD解散後に発表されたビデオ作品『FREE SPIRIT 1979-1994』で加部正義氏がいみじくも言っていたが,バンド名を付けたのが間違いではなかったかということが重く引っ掛かるのである.
Johnny, Louis & CharとPINK CLOUD,構成人員は全く同じでも微妙に前後で違いが見られる.
語りぐさになっているVAPレコードとの2年でアルバム6枚契約のせいで変にこぢんまりまとまった作品にならざるを得なかったのがPINK CLOUDなのに対し,イエローのジョニー吉長,ゴールデンカップスのルイズ・ルイス加部,スモーキーメディスンの竹中“チャー”尚人というそれぞれ個性の強いミュージシャンが集まったのが,文字通りJohnny, Louis & Charの3人であってバンドではない.
それぞれのパートのソロイストが同時に音を出しただけ.「○○みたいなバンド」を目指したのではない.
それ故スリリングなのである.

いくつかのライブ演奏で聴いてきて,モタリ気味なのが特徴のJohnnyのタイコで「Smoky」はツラいと思っていたが,意外と本作に収録されているテイクは違和感は少なかった.
それと,ムスタングでもストラトキャスターでもなく,初期の白のESPチャーモデルがメインで使われている時期の映像であることが珍しい.

2007年4月 5日

Dr.シーゲル逝去

去る3月29日,ギタリスト成毛滋氏が亡くなった.ニュースとして流れたのが4月5日になってからである.

成毛滋といえば,日本のエレクトリックギターシーンを語る上で寺内タケシ氏に次ぐ存在である.
私よりも上の世代の人は,フライドエッグが思い浮かぶだろう.
私の世代では,80年代後半の文化放送をキーステーションとしたラジオによるギター講座番組「PURPLE EXPRESS」である.

同時に,神田商会(Greco,Fender Japan)や東京サウンド(Guyatone)に成毛氏が製品アドバイスを積極的に行い,安くて扱いやすい楽器がアマチュアに提供されていた.
この影響をまともに受けていることは私のギター機材をご覧いただければ,分かる人にはピンと来るはずである.

ほとんど成毛氏個人の経験則に基づく偏見めいたところもあったため,番組を聴いていて,ちょっと違うと思うことも多少あったが,ギター片手にラジオに耳を傾けて練習したおかげで,ちょっとした速弾き程度はさほどの難もなくできるようになっていた.

そんな経験もあるPURPLE EXPRESSのリスナーだった者としては,ご意見番がいなくなってしまったことは感慨深く,非常に寂しいものがある.

2007年4月24日

LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONGS BY DEREK AND THE DOMINOS


Jan Reid著/前むつみ訳
かの名盤『LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONGS/いとしのレイラ』の制作ストーリーである.

Eric Claptonの作品を聴き始めて20年になる.この20年,何冊かの伝記,数知れない雑誌やムックを読んできた.
普通に「Claptonっていいよな」程度のファンよりは格段に彼のことについてのデータを蓄えているつもりである.
海賊盤には手は出していないが,YARDBIRDS以降の公式のオリジナル・アルバムはすべて所有している.
とはいえ,ECファンの中ではまだまだ若造であるし,ぬるいファンであることも自覚している.
何せ,このアルバムが制作された年に生まれているのである.当然ながらリアルタイムでは知り得ない.
本書を読み始めたときに,ECの出生からCREAM~BLIND FAITHの記述など月並みなECの伝記と何ら変わらないと思ったが,読み進めるとなかなかどうして,興味深い内容である.
ドミノスの鍵盤奏者でセカンド・ボーカリストBobby Whitlockのインタビューが背骨になった内容となっているからである.
DEREK & THE DOMINOSは,ECのソロプロジェクトの最初期であるので,彼中心のようではあるが,しかしながら,その周辺の人物達についてもまんべんなく記述がある.
特にドミノス解散はECとドラム奏者Jim Gordonとの大喧嘩が原因であるが,Jimの統合失調症など,その詳細についてはあまり書かれてこなかった.
また,もう一人のこのアルバムの主人公,Patti Harrison(当時)とのことも比較的これまでより詳しく記述がある.

前にも書いたことがあるが,今までから,ECほど自分のプライベートを直接的に切り売りすることでしか作品を作れない人はいないと思っていたが,ますますその印象が強くなった.
後年に発行される本ほど,その内容が赤裸々でショッキングなものとなっていく.日本語訳された本でPattiが不妊症だったことが書かれたのはこれが初めてではないだろうか.
そのことが,誰もが知っている悲劇をさらにECに間接的に課すことになるわけであるが….

ハード・ドラッグで心身ともに蝕まれながらも感情を絞り出すように素直に表した作品であるといえる.
しかし,とりわけ美しく感じる「BELL BOTTOM BLUES」について,睡眠薬に酔いながら寝そべって書いたとかなり以前に聞いてがっかりした覚えがある.
普段,私は音楽が大好きだが,励まされたり慰められたりすることはないと言い切れる.
しかしながら,この『LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONG』だけはアルバム全体を通して胸を締め付けられるものがある.
そこまでの情熱が詰まった名盤なのである.

2007年4月25日

最近購入したCD

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我ながら本当にバラバラである.
ソウル,ハードロック,クラシック.

CORINNE BAILEY RAEは,ここ一年ほどずっと気にはなっていたものの手が出なかったのをようやく入手した.
それほど上手というほどではないがアンニュイで独特な雰囲気を持っている歌い手である.
聴けば聴くほど引き込まれていく世界を持っているように思う.

NIGHT RANGERは聴き始めてもう20年になる.再結成3作目.前2作よりもパワーを感じた.
面白いと思ったのは,アコースティックバージョンの「Don't Tell Me You Love Me」である.
普通はアコースティックバージョンというと,テンポを落として雰囲気を変えるものだが,単にエレクトリックをアコースティックに換えただけで全く疾走感を失っていない.

村治佳織はDeccaレーベル3作目.CD-DAとDVD-videoの2枚組.5曲ずつ収録されている.
本格的なクロスオーバーアルバムで多くが新曲である.

2007年6月22日

ANN LEWIS / HEAVY MOON

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じみへんさんのブログを拝読して,紙ジャケットで復刻されたことを知り,早速購入に走った次第である.
数年前には,「WOMAN」「六本木心中」などがカラオケの定番曲としてロングセラーを続ける中,この作品は廃盤状態にあり,CDは熱心なチャーファンの間で数万円で取引されていたという.
私は,当時に近所の中古レコード店にてアナログ盤を1600円で入手している.
よく,紙ジャケットCDはLPのミニチュア,などといわれるが,写真左の当時のLPと今回の復刻CDのジャケットを見比べていただければわかるように100%再現できていない.
この作品は帯が特異なのである.通常はジャケット左側に文字通り帯のように巻いてあるのだが,本作品の帯は写真右上のように中ジャケットとつながっており,中ジャケットを折り返してあって,写真左のようにジャケット右側に帯があるような格好に映る.
復刻CDは通常の紙ジャケと同様に“帯”ではなく“キャップ”となっている.
しかも,目を凝らしてみてみると,復刻CDのジャケット,キャップともに原版から起こしたものではなく,コピーのようである.
CDのレーベル面はLP盤のレーベルを模した形となっている.

さて,中身であるが,チャーのプロデュースであり,シングル曲以外のほとんどの曲がPINK CLOUDの演奏でバンドサウンドはほとんど『KUT KLOUD』と変わらないので,私のようなチャーファンが聴くと,どうしてもPINK CLOUDの作品にAnn Lewisがゲストヴォーカルに入ったように聞こえてしまう.
名義こそAnn Lewisのソロであるが,Ann Lewis with PINK CLOUDあるいはJohnny, Louis, Char & Annとしたほうがよいほどなのである.
チャーのデビューシングルである「NAVY BLUE」も収録されており,1988年の渋谷公会堂の実況盤『PSYCHE 1988』でもこのデュエットが再現されている.
チャーももともと色気のある声の持ち主であるが,Ann Lewisの声がこの曲の中で絡むとよりSEXYな印象が強くなる.

タイトルが,思い付き→重い月→HEAVY MOONとまるで上方落語の大喜利のように決まったのは有名な話である.

2007年7月 4日

最近の収穫

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VOW WOW / VIBe
昨年の夏頃に,VOW WOWのレコード作品並びにビデオ作品がすべてリマスターで復刻された.
そんな関係から,ようやくアルバム発表時のCDが中古市場に出回るようになってきた.
私はビデオ3作品のDVDとベスト盤『ROCK ME FOREVER』,ライブ盤『HARD ROCK NIGHT』の復刻盤を購入したのだが,オリジナルアルバムは購入していない.
アメリカ盤ベストを含めて7枚の作品を既にアナログ盤で所有しているのである.
しかもこの復刻CDが曲者で,ジャケットはセロテープ痕のあるLPのコピーの上に,あまりマスタリングが良くないらしい.
ということで,当時のCDが出てきたら揃えていこうと考えている.
この作品は,海外での題名は『HELTER SKELTER』である.THE BEATLESのカバー曲をリードトラックとしてある.

RHINOCEROS / EAT THE BEAT
マネジメント社長だった新田一郎氏との確執から爆風スランプを脱退した江川ほーじんが,元TOPS堀尾哲二,元ACTION山根基嗣,元44MAGNUM梅原達也で結成したファンクバンドの3rdアルバムである.
1stが非常に勢いがあったが,2ndではロック色をより薄めてブラックコンテンポラリに近づけた路線変更でファンを失った感があり,ヴォーカルの梅原達也が脱退してそれまでのコーラスの女性がリードヴォーカルに昇格した.
1stほどのハードさはなくポップさが強調されているが,ファンクのビート感は1stの頃に戻っているような気がする.
もともと売れた枚数が少なかったのか,非常に入手困難であり,半ばあきらめて2年ほど前にダウンロード販売で購入して聴いていたが,今回,偶然に見つけることができた.

BABY'S BREATH ,BABY'S BREATH / ROCK ALIVE
このバンド名でデビューする前には,宮原学 with The REBECCA UNITとしてライブ活動を行っていた.
宮原学は,ソロデビューした頃から注目していた.
元REBECCAのリズムセクション,高橋教之,小田原豊とサポートギタリストだった是永巧一,それ以前より宮原のサポートキーボーディストだった元UGUISSの柴田俊文からなる.
キャッチコピーが“男のイケイケ・ハードロックバンド”だったように記憶している.

2007年7月 9日

爆風スランプ/Runner

7月4日放送の『笑っていいとも!』の「プラチナランチショー」コーナーで思い出の青春ソングということでサンプラザ中野が生出演で爆風スランプ時代のヒット曲「Runner」を歌っていた.
曲の誕生エピソードも紹介されていた.
「当初は特定の個人に向けたものだったが…」というものなのだが,その特定の人物がこの曲が収録された『HIGHLANDER』を最後に件の曲がチャート上位に昇っている最中に脱退した江川ほーじんであり,歌詞の中の“君”である.
恥ずかしながら,つい数ヶ月前に「Runner」の裏エピソードを知ったところだったので,ほーじんファンの私としては,単なる懐メロとしてではなく,全く別の感慨をもって聴いていた.
番組では,詳細な事情までは明かされなかった.明かしてしまうと“青春ソング”イメージが崩れ去ってしまう.
アーティストの表現の衝動が商業主義につぶされた結果が青春ソングの代表曲になるとは皮肉なものである.
アルバム『HIGHLANDER』完成で発表を待つのみというタイミングでの雑誌インタビューでは,全くほーじんは語らなかった.
プロデューサーと相当に衝突し,もう既に脱退が決まっていたのだろう.
ウィットの効いた歌詞の内容と迫力あるリズムセクションに底支えされたバンドサウンドに魅力を感じていたので,その要である屈指のスラップベーシスト・江川ほーじんの脱退をきっかけにそれ以降の作品を追うこともやめた.
はじめは「うわさになりたい」「無理だ!!」などの曲やサンプラザ中野のキャラクターで興味を持ったが,バックに聞こえる歯切れの良い低音にだんだんと耳が移っていった.
スラップ(当時はチョッパーと呼ばれていた)奏法を私に強く意識させたのが江川ほーじんである.
ほーじんが居ない爆風スランプには全く魅力は感じなかった.
それ以前にリードトラック「Runner」のそれまでにない青臭いストレートさに違和感と胡散臭さを感じていた.
いくら私であっても,当時まだ高校生だったので,それなりに青臭いことは好きだったはずなのに,である.
著作権の関係で歌詞の抜粋もするわけにはいかないが,
落伍者の分まで自分たちは走り続ける
というのが大方の一般的な解釈だと思うが,
純粋な志を持ち続けるが故にチームを辞めて離れていく友を見捨ててまでも,脇目もふらずに走り続けさせられる
というのがこの曲の真の大意であると思う.
「解散」という結論にたどり着いた爆風スランプのメンバーは江川ほーじんに何かを打ち明けることができたのだろうか.

サンプラザ中野が曜日レギュラーを務める朝日放送「おはよう朝日です」のイベントで爆風スランプが再結成されたが,そのときに江川ほーじんの姿は無かった.
江川ほーじんは大阪府出身である.「おはよう朝日です」は,関西では朝の看板番組であるにもかかわらず.

2007年10月 1日

FENCE OF DEFENSE / GREAT FREAKERS BEST

GREAT FREAKERS BEST
FENCE OF DEFENSEのレコードデビュー20周年記念の2枚組ベストアルバムである.
ロゴがデビュー当初の細身のROMAN体文字であるのがうれしい.
ベストアルバム自体は10年ほど前にEPIC/SONYを離れた際に一度発表されているが,今回は,レーベルを超越した選曲となっている.
個人的なお気に入りの曲は選曲から外れている.具体的には「TRUE FACE」「CHAIN REACTION」「ROCK DESERT」等であるが,まあ,それは致し方ない.
最近よくありがちなベスト盤同様,新録音曲が収録されており,私のようなアルバム全作所有しているようなファンをも動かすようなことになっている.
リメイク曲よりも,私が食指を動かされたのは,シングルのカップリング曲である.
カップリング曲を含めたオリジナルアルバム未収録曲は,
「BACK TO EDGE」「STAY OR GO」「BEGINNINGS」「薔薇のダイヤを胸に」「DESPERATION」
である.
前二曲はライブビデオ作品『2235 ZERO GENERATION -完結篇-』にも収録されているので楽曲自体はよく知っている.
「薔薇の・・・」は,活動再開後のライブアルバムの付録(?)DVDに収録されているので聴いたことはある.
しかし,「BEGINNINGS」「DESPERATION」は,ほぼ初めて聴いたような気がする.
なので,これら5曲のスタジオ録音を聴いたことがなく,リメイク曲も合わせて全8曲分が事実上新たに聴けたことになり,それなりに値打ちがあったように思う.

曲の並びはアルバムの時系列によっているが,1枚目の1曲目が「STRANGE BLUE」から始まるのが文字通り奇妙(STRANGE)に感じた.
印象としては,2枚目ラストが新録の「FATHIA」ということもあって奥行きのあるリヴァーブの利いたスネアドラム一発から始まる「FATHIA」のほうがふさわしいと思ったが,ライナーノーツにFODとして最初にできあがった曲が「STRANGE BLUE」と記されているのを読み,そういうことならそうあるべきなのかと納得した.

先にビデオクリップ集や『live digitagram』がDVD-Videoで復刻されているが,『2235 ZERO GENERATION -完結篇-』が未復刻である.
これを含めて旧譜全作のリマスターによる復刻が実現するほど,このベスト盤に対する反響があればよいのだが.

VOW WOW / THE VOX

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オリジナルのフルレングス・アルバム6枚分と、そしてライブ盤とミニアルバム『REVIVE』,未公開映像DVD-Videoの全9枚組のボックスセットである.
復刻CDは以前にも書いたようにマスタリングが今ひとつと聞いていたので購入するつもりはなかったが,こういうものを出されると手が出てしまう.
『VOW WOW LIVE』は当時,同音源の拡張盤としてCDで『HARD ROCK NIGHT』がリリースされたので,音源的に初CD化といってもさほどの値打ちはないが,『REVIVE』は出回った絶対数が少なかったのか稀少盤でアナログ盤の入手も困難である.
ひととおりの紙ジャケ化だけではなく,READING FESTIVALやNEW CASTLEの映像までつけられては….
しかし,プラケース9枚分ならスリムタイプでもそれなりの大きさになるが,紙ジャケットと聞いていた割にはやたら大きなケースだと思ったら,写真をご覧いただけばわかるように12cmディスクが占めるのは半分以下である.
半分以上を占めているのは特典のTシャツ.はっきり言ってこんなものは要らない.広げることすらもったいなくて着るなどもってのほかである.
収納スペースを食うだけである.
そんな愚痴はさておき,昨年の復刻CDに比べて質が格段によくなっているのではないだろうか.ジャケットが丁寧に再現してある.
『VOW WOW III』『V』のプレス・エンボス加工,そして,『VOW WOW LIVE』のスリット加工を施した二重ジャケットである.
しかもキャップではなく,本当にLPと同じように帯にして,リリース当時のキャッチコピーそのままである.
(LPでは『VOW WOW LIVE』を4thと数えたため『V』に5thアルバムと表示されていた)
旧来から所有しているLPと見比べるのが楽しい.
以前に紹介した,Ann Lewisの『HEAVY MOON』とは比べものにならないほどの手の込みようである.
とりあえずは,映像部分だけは観たが,なにしろヴォリュームがある.音声ソフトの鑑賞は追々である.

2007年10月 6日

やっぱりダメだ

Eric Claptonの作品群の中でどの辺りが最も良いかと問われた場合には,まず,DEREK & THE DOMINOSと答えるだろう.
ギタリスト然とした,BLUES BREAKERSからCREAMももちろん良いのだが,歌うことに目覚めた1stソロからDOMINOSが最もバランスが良いように思うのだ.
彼の私生活の上では最もでたらめな時期だったかもしれないのだが.

さて,DEREK & THE DOMINOSの唯一のスタジオ録音作品『LAYLA AND OTHER ASSORTED LOVE SONGS』であるが,この作品も初めて聴いてから20年くらいになると思う.
ロック史に残るロングセラーを誇る名盤であることは誰も異存はないと思う.私も大好きな作品の一つである.生まれ年に発表された作品であるということも多少は影響しているかもしれない.
しかし,聴いた回数は比較的少ないかもしれない.
同じDOMINOSの『LIVE AT FILMORE』はかなり前からメモリプレーヤーでよく聴いていたのだが,『LAYLA』は,これまでポータブルCDプレーヤーで持ち歩いたり,メモリプレーヤーに入れたことがなかった.
これが珍しく,私の涙腺を弛める数少ない作品だからである.
ちょっとした気まぐれにリッピングしてメモリプレーヤーに入れて勤め帰りに聴いてみたらもうダメである.
まさか電車内で泣きはしないが,そんな雰囲気の中で聴いてはいけない,いたたまれない心境になった.

やっぱりこの作品は,自室でイヤフォンでなくスピーカーから直に出てくる音を受け止めて,じっと腰を据えて聴くべきであると改めて思ったのである.

2008年4月21日

Japan Tour '83 & Rockin' Shibuya 2007

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NIGHT RANGERの新旧ライブ記録である.
Japan Tour '83は,本国アメリカ合衆国でのブレイクの呼び水となった新宿厚生年金会館でのライブ映像のDVD-Videoによる復刻,
Rockin' Shibuya 2007は,C.C.レモンホール(旧渋谷公会堂)の昨年の来日コンサートのCD2枚組実況録音盤である.
なんだかんだ言いながらNIGHT RANGERも聴き始めて20年を過ぎた.
アメリカンハードロックで初めて聴いたバンドがNIGHT RANGERである.実はVAN HALENよりも先にNIGHT RANGERだったのである.
エレクトリックギターに興味を持ち始め,数多くのギタリストを漁り聴いていた頃である.
トレモロアームの名手がいるバンドと言うことで聴き始めた.すなわち私にとってはNIGHT RANGERはBrad Gillisである.
典型的なウェストコーストのアメリカンサウンドではないだろうか,爽快感とおおらかさ,そしてボーカルやツインギターのハーモニー.

1983年のライブはまだ2ndアルバムまでしか発表されていない段階で新鮮なパワー感が堪能できる.
かつて,VHSで所有していたが,あまりに見過ぎたため,テープがダメになってしまった.そのくらい見た作品である.
当時,日本での所属レーベルはワーナー・パイオニアだったのに,CBSソニーから発売されていた不思議な作品である.今回もソニーミュージックから発売された.
それ故に版権の問題でこのDVDでの復刻がかなり難航したことがライナーノーツに記されている.
本国で大ヒットしたSISTER CHRISTIANも収録されているが,まだ,バラードバンドのレッテルが貼られていなかった頃で,最もNIGHT RANGERらしいのではないだろうか.
画面をみると普通のバンドと異なっているのは,リズムセクションの二人がリードボーカルなので舞台上手にドラムセットが置かれていることである.
Brad Gillisのトレードマークである改造された赤いストラトキャスターもまだ真新しく,Jeff Watsonもレスポールである.

2007年のライブは,既に再結成から10年を過ぎている.このことだけをとってもあの解散がバンドにとって不本意なものだったとわかる.
とはいえ,オリジナルメンバーから二人入れ替わっている.しかもバンドの二枚看板のうちの一人Jeff Watsonがいない.
代わりに舞台下手に立っているギタリストは,Reb Beach.言わずと知れたWINGER~WHITE SNAKEのギタリストでもある.
WINGERも大好きなわけだが,タッピングの名手ではあるけれどもBradと同系統のギタリストだと私は思っていたのでRebのNIGHT RANGER参加は意外なことだった.
メンバーチェンジがあると言うことは,バンド内に不協和音が発生したということもいえるが,ノスタルジーだけでつながっているのではなく進化していると前向きに解釈したい.
そのことを如実に表しているのが,2枚組でボリュームがあるにもかかわらず,BradとRebそれぞれのソロコーナーがないことである.
これまでのライブ記録を見返してみるとどうもJeffはソロコーナーをもちたがったような印象を受ける.その辺りが脱退の遠因であるかも知れないと思ってしまう.
前述のBradの赤いストラト,引退させたと聞いていたがジャケット写真に写っているのでよくよく見てみると,80年代に市販されていたFernandes製である.
聴いていて違和感があるのが,Bradが左チャンネル,Rebが右チャンネルから聞こえてくることである.ミキシングが間違っているのではなかろうか.

NIGHT RANGERのライブ記録というと,このほかに映像で1985年の『7 WISHES TOUR』,映像と音声で1989年の『JAPAN IN MOTION』,解散・再結成を経て音声で1997年の
『ROCK IN JAPAN』がある.
かつては,アルバム『BIG LIFE』からの選曲が全くなかったが,今回の『Rockin' Shibuya 2007』では『MAN IN MOTION』からが全くなかった.

やっぱりJack BladesはNIGHT RANGERを主たる活動の場としてほしいとNIGHT RAINGERのライブパフォーマンスを視聴して強く思うのである.TMGは血迷ったとしか思えない.

2008年5月14日

ERIC CLAPTON THE AUTOBIOGRAPHY

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「エリック・クラプトン自伝」
Eric Claptonというアーティストを意識して聴くようになってこれまた20年である.
初めて聴いたのが『Back Trackin'』という2枚組のベスト盤である.はっきり言ってしまって最初は退屈だった.これが「ギターの神」と呼ばれる人の音楽なのか?と.
いくらおとなしくてもハイティーンの血気盛んな頃である.レイドバックサウンドよりもハードロックのほうに魅力を感じる.
まあ,いいところ,CREAMの「CROSS ROADS」止まり.なにしろ,ロックギターの系譜としてはEdward Van Halenに直接的に繋がっていく演奏である.
そんな印象だったのでまともに聴くのではなくBGM的に流していたら,じわじわと効いてきたのである.そうやってのめり込んでいった.
雑誌やムック本は除いても,彼の伝記本は,
「孤高のギタリスト/エリック・クラプトン」
「エリック・クラプトン・ストーリー(原題:SURVIVER)」
「エリック・クラプトン・コンプリート・クロニクル」
「エリック・クラプトンの軌跡」
「エリック・クラプトン/イン・ヒズ・オウン・ワーズ」
「エリック・クラプトン/レコーディング・セッション(原題:ERIC CLAPTON THE COMPLETE RECORDING SESSIONS)」
「エリック・クラプトン/スローハンド伝説(原題:Lost in The Blues)」
また,
「CRAEM/STRANGE BREW」
「名盤の裏側 デレク&ザ・ドミノス インサイド・ストーリー」
くらいは,これまで読んできた.
これらは,あくまで,第三者が著した本なので所詮は,本人へのインタビューが織り込まれたとしても外から見たことしか書けない.
しかし,今回は本人のペンによる本である.最も赤裸々で最も生々しい.

読み進めながらずっと思っていたのは,こんなデタラメな人間がいていいのかと言うことである.
ファンとして彼に興味を持ち続けている者としては,前述の伝記や雑誌記事等でだいたいどんな生い立ちでどんな人物で,というのは知っているつもりだった
が,それを軽く凌駕し,また,この人が大人になれたのは50歳を過ぎてからやっとだったのかということにも呆れた.
私ですら,呆れるのだから,『UNPLUGGED』や『PILGRIM』あたりから聴き始めた人などが,この本を読むと陰鬱な気分になるのではないだろうか.
よくぞ,ロックミュージシャンという職業があったものだと思う.完全に人間として破綻しているではないか.
それぞれの伝記を読むごとにショックに思っていたのは,好きな作品がグダグダの状態で創作されて録音されたことである.
例えば,映像作品として残っている『OLD GREY WHISTLE TEST(1977)』,これなどは,いかにもアルコール中毒まっただ中という印象を受ける表情で生彩を全く欠いているが,『THE ERIC CLAPTON CONCERT(1986)』は,それまででベストライブという評判だったし,私も少人数で気合いの入ったのびのびとした演奏が気に入っているのだが,このときですらアルコール中毒から脱していなかったと言うことである.
私がスタジオ盤で最も好きなのが,『MONEY AND CIGARETTES』である.地味だがノリの良い曲もある,少しカントリーっぽいイメージのアルバムである.しかし,これですら,かなりやっつけ仕事だったような書かれ方だった.
また,原文がそんなだったのか,翻訳が良くないのか,箇条書きのような文章であまり読みやすい文章とは言えなかった.

Eric Claptonという御仁,どうしようもない人物だが,そのどうしようもない人物の作品を20年以上に渡って,しかもプロデビュー時まで遡って好んで聴い
ている私のようなファンもどうしようもない人間なのだろう.

2008年5月24日

JIMMY COPLEY & FRIENDS / SLAP MY HAND

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90年代初頭以降,チャー先生の相棒として知られる,Jim Copleyの初のリーダーアルバムである.
ドラムスは演奏できないが,PSYCHEDELIX以来,私のフェイバリット・ドラマーである.
タイトで高らかなスネアが非常に特徴的な演奏である.
チャーの「SMOKY」はスタジオ録音だけでも,4パターンが知られているが,PSYCHEDELIXの「SMOKY」すなわちJimのドラム演奏のバージョンが最も良いと思う.
「SMOKY」は,リズムセクション,とりわけドラムスの決めが重要である.
最もJimが綺麗に決まっていると思う.突っ込み気味に聞こえるのに正確無比である.

参加ギタリスト達が豪華である.チャーはもちろん,Jeff BeckやMicky Moody,Bernie Marsdenら.
ベースには,Paul JacksonやVOW WOWファンでもある私には懐かしいNiel Murrayら.
ミュージシャンとしてJimがどれだけ信頼されているか想像に難くない.
PSYCHEDELIX以降,約10年間は,チャー&Jimのコンビネーションを聴いてきたせいか,チャー参加曲がとても手慣れた感じでしっくりくる.
ほとんどの曲が一発録りということに驚かされる.

そういえば,PSYCHEDELIXが始動した頃にチャー先生がJimを「ドラムのヤツは何回も叩きたがらない」と評していたことを思い出した.

十何年か前に学生の頃の友人(鍵盤弾き)に,PSYCHEDELIXの1stを聴かせたことがあったが,「Move on」の単純だが印象的なギターのリフとJimの演奏に感心していた.

2008年10月14日

最初のふれこみとは大違い

最近,さまざまな形でCDの再発盤が出ている.
最も多いのが「デジタルリマスター」ではないだろうか.同一作品でリマスター盤が何回出ることか.
次から次から音質向上しましたと出されるのである.
音像がはっきりしているとか,音質面の向上はいろいろと図られているのであろうが,何か釈然としないものがある.
1980年代半ば,オーディオCDはどのような触れ込みで出てきたか.
「非接触なので半永久的」「デジタルなので鮮明」・・・.
記録面の劣化問題や昨今の再発盤を見ると明らかに矛盾している.

また、新たに発売されるCDがどうも耳障りでならないのだ.
私の使っているオーディオセットは,それほど大したものでも高級なものでもないがスピーカーの口径はそこそこある.
近頃は,住宅事情や携帯型の音楽プレーヤーの普及といった再生機器の小型化のせいで音圧イメージばかりにとらわれているような気がする.

さて,かくいう私もシリコンプレーヤーを使っている.
そのためには何らかの方法でMP3,AAC,WMA等のフォーマットのデータにする必要がある.
データ変換には,CD-DAからはPCでエンコーダを使ってリッピングが簡単に出来るが,アナログレコードからはオーディオキャプチャしなければならない.
要するにアナログ録音である.
私自身はリマスター再発盤はあまり購入はしないのだが,新編集のベスト盤がリマスターで発表されると購入することが多い.
そこで同一楽曲の場合,不思議なことに気づいた.
1)一期発売盤CDからリッピングしたもの
2)アナログ盤からキャプチャしたもの
3)リマスター盤CDからリッピングしたもの
の三種類で比較すると,
アナログ≒リマスター>初期盤CDという音質の順序になるのである.
最終的にはデジタルデータの成果物での比較なのだが,結局は,まだまだデジタルはアナログを再現できていないということではないだろうか.

ガラス保護膜を使ったCDや同様の考え方によって保護膜の透過性を高めたSHM-CDなるものも出現しているが,むしろそちらの方に期待したい.
CDであろうがDVDであろうが,現在の光ディスクは記録面が経年劣化するのでそちらを何とかしてほしい.
SHM-CDはCD-DAフォーマットの限界が露呈しているとも言われているが,10月末発表のCD作品をSHM-CDで購入するつもりにしているものがあるので報告できることがあればと考えている.

何回だまされることになるのやら.

2009年2月14日

ヘッドフォン再生

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私はスピーカーから直に出てくる音を適正な距離で聴きたいほうなのであるが,90年くらいにヘッドフォンを購入してたまに使っていた.
開放型は音漏れもあり,逆に外からの音も入ってくるので密閉型を選んだ.
もともとあまりヘッドフォンは好まないので,あまり高価なものを買うつもりはなく,当時で5000円以下のものを選んだ.
それが,φ40mmドライバ搭載のPanasonic RP-HT80だった.
気が付いてみると,イヤーパッドの合成皮革とドライバとイヤーパッドの間に挟まっていたスポンジが加水分解で劣化してボロボロ.
イヤーパッドのへたりも顕著になっていた.
買い換えを考え,どのようなヘッドフォンが良いか吟味しようとしたら,意外にも現在の同価格帯の製品よりもはるかに良いものであることがわかった.
まず,量販店を通じて純正あるいは互換性のある交換用イヤーパッドがあるかどうかを問い合わせてみたが,もう既になかった.
いや,もともとなかったのかも知れない.
以前に,同じように加水分解で劣化したスピーカーエッジをセーム革に交換したように自作できる方法がないかを模索しつつ,他社製品の部品で使えそうなものがないかを探してみることにした,
メーカーが異なると音の特性が変わってしまうかも知れないが,まあ,そこは諦めることにした.
店頭で合いそうなφ40mm前後のドライバを搭載したヘッドフォンを探し,イヤーパッドが合うかどうかを検討した結果,audio-technica製φ36mmドライバ型が合いそうなので取り寄せてもらった.
届いた実物をみると,イヤーパッドが楕円形なのに対しRP-HT80のフランジは真円で一回り大きく,取り付けに少々手間取ったが何とかうまくいった.
イヤーパッドには,ドライバカバー用の目の細かいメッシュが付いていたので,薄いスポンジを貼る必要もなかった.

さて,装着感であるが,純正のものよりもパッド部分が細く,穴がドライバ径とほぼ同じなので密着度が高いような気がした.
音質はもはや純正の新品とは比べようがないのだが,音がこもるようなこともなく,エレキ・ベースの音像の輪郭がはっきりするようになったように思えた.
バブル期というのは,意外とコストパフォーマンスの良いものを作っていた反面,ちょっとした,しかし,肌に触れたりするような重要な部分が劣化して使えなくなるのが甚だ残念である.
幸い,合わせることのできるイヤーパッドがあったので使い慣れたものを使い続けることができる.

2009年6月27日

ERIC CLAPTON & STEVE WINWOOD "LIVE FROM MADISON SQUARE GARDEN"

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ディスクレビューをブログに書くのはかなり久しぶりのことだったと思う.

これは,聴きたい!書きたい!という衝動が湧くような作品がしばらくなかったことも大きいし,落語に興味が行きっぱなしになっていたということもある.
程よく落語熱が治まってきたところへ,雑誌のリリース情報で見つけたこの作品である.
DVD-Videoと同時発売だったが,CDを選んだ.映像作品は目と耳を拘束されるからである.
買った動機は完全に惰性だったが,聴いてみると公式にリリースされた近年のECの実況盤でもっとも良いと思えた.
2005年のCREAM REUNIONよりもである.

ERIC CLAPTONとSTEVE WINWOODと言えば,BLIND FAITHである.
ごく短命に終わったスーパー・グループであるが,このときから本格的な歌い手としてのERIC CLAPTONがスタートしたように思う.
もちろんBLUES BREAKERSでもCREAMでも歌ってはいた.しかし,主たる歌い手は別にいたので余興に近かったのではないだろうか.
BLIND FAITHでもSTEVE WINWOODという素晴らしい歌い手がいたのは確かであるが,この前後で歌の比率がまったく異なっているように思えてならない.
本業のギターの弾き方も明らかに違う.

さて,作品の中身であるが,ごくシンプル.60年代末の雰囲気のままである.
最近の大所帯なクラプトンバンドに過剰ささえ感じていたので,とても好感が持てる.
選曲もBLIND FAITHに偏ることなく,ERICとSTEVEのバランスの取れた持ち寄りがいい.
「FOREVER MAN」は意外な感じがしたが,他は普段からのECの定番ともいえる楽曲なので手馴れた感じ.
大きく違うのは,「CAN'T FAIND MY WAY HOME」などのBLIND FAITHの楽曲群がオリジナルのSTEVEの歌で聴けることである.

ERIC CLAPTONはやはり60年代のアーティストであることを改めて強く感じた作品である.
古臭いと言う意味ではない,リアルタイムでは体験してはいないが,ロックミュージックがもっとも豊潤で芳醇な時代であったのかもしれない.

2010年5月21日

Blu-Spec CD

ずっと購入に二の足を踏んでいたJEFF BECKの『ライブ・ベック3』を限定盤のBlu-Spec CDで購入した.
同タイトルの作品を通常盤と限定盤で聞き比べたわけではないので,Blu-ray Diskの製造技術が生かされていると言う音質的な明らかなる違いはわからない.
DVD-AudioやSACDほど劇的な違いが感じることはできなかったが,明確に違う部分があった.
きわめて客観的な部分で,である.したがってプラシーボ効果ではない.
20年以上愛用しているコンポのCDプレーヤーでまったくエラーが起きないのである.
最近,通常のCDでは,うまく再生できないことがある.そもそもトレイクローズ時,全演奏時間が表示されないCDもあるくらいである.
SHM-CDであっても同様のエラーが発生する.
長年の使用でクリーニングディスクでは落としきれない汚れがピックアップレンズに付着してしまっていることが考えられるが,接続ケーブルを全て外し,ドライバーでカバーを開けて掃除しなければならない羽目になると思われる.
Blu-Spec CDでまったくエラーが出ないと言うことは,信号の読み取りが完全に近いと言うことである.
エラーが出ないというのは精神衛生上,好ましいことである.

2010年8月29日

Mustang最適化

ここしばらく,ムスタングにまったく触っていなかった.
1弦はチョーキングするとサドルから落ちるし,チューニングがあまりに不安定でアームに触るのも怖くなり,ダイナミックビブラートの宿命と思ってある種あきらめかけていたのである.

あるとき,ふと,そうではないのではないかと思い返し,六角棒レンチとドライバーを片手にムスタングを膝の上に載せた.
まず,ブリッジサドルの1弦側をやや高くし,1弦のサドルの下に使い古しのカッターナイフの刃を挟んで上げた.
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そして,アームダウンの可変域が狭いのが気になっていたので,弦を緩めてからテールピースを下げた.
テールピースが上がりすぎていたのは,「まるごと1冊フェンダー・ムスタング」「弾けるフェンダー・ムスタング」記されていた調整法を誤解していたことだったようである.
今度は逆に,プレーン弦がブリッジの枠部分に接しない程度まで極力下げることにした.接してしまうと弦の振動が死んでしまうからである.
高さの調整が済み,再び弦をチューニングし直すと,その名のとおりダイナミックなアームダウンが可能になったばかりでなく,チューニングもさほど狂わなくなっていた.
よくチャー先生がアームダウンの後,アップで戻しをかけてチューニングの狂いを補正する旨の発言をしているが,私のムスタングの場合どうもそれは該当しないようで,アームアップするとどの弦もピッチがずれてしまう.

不思議なところはストラトと違って,チョーキングでピッチが下がってしまうことはないことである.
ナットの調整は特にはしていないが,弦溝にグリスを少し塗ってあるだけである.
したがって,正しくチューニングしては,アームダウンして収束させていけば安定するようになった.

私のストラトはST314なので,ENDROXのおかげで普通のストラトよりもチューニングは安定しているが,ムスタングのチューニング安定性も普通のストラトキャスター並みになっているのではないだろうか.

これで,抵抗なくムスタングに触れることができる.

「まるごと1冊フェンダー・ムスタング」「弾けるフェンダー・ムスタング」でのヨッちゃんこと野村義男氏のインタビューに
『ムスタングを諦めない!ムスタングのせいにしない!アーム使ったらチューニングが狂った?それは,ムスタングを乗りこなせてないアナタのせいだ!――ってことね.ムスタングのせいではナイ.』
とあったが,まさにこれである.

2010年9月 4日

CDプレーヤーの修理

何度かこのブログにも書いてきているが,オーディオセットは20年以上にわたって,KENWOOD ROXY CD-7を愛用している.
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数年前には,加水分解で劣化して破れたスピーカーエッジをセーム革に交換し,今度はCDプレーヤーである.
Johnny,Louis & Charの「Free Spirit 1979.07.19」のDisk1がまったく認識しなかったので,それを機会にユニバーサルDVDプレーヤーPIONEER DV-610AVに買い換えてはあった.
とはいえ,他のディスクに関しては再生できていたので処分はしなかった.
そのうち,エラーが頻発するようになって,かつCD-Rで作成したCD-DAはほぼ確実に再生できない.
いよいよダメになったかと思っていたところへ,Blu-Spec CDを再生してみたら,かつて述べたように百発百中で再生できた.
ということは,ピックアップの読み取りが弱くなっているだけで,壊れているわけではなさそうであると推測が立った.
クリーニングディスクで除去しきれないピックアップの汚れがありそうである.

ビスを緩めて筐体を開け,クリーニングディスクの洗浄液を直接ピックアップに塗り,綿棒で拭き取った.
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ついでにピックアップのレーザー照射出力を少し上げてやった.
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すると,エラーがまったくなくなったわけではないが,「Free Spirit 1979.07.19」Disk1が再生できるようになった.このディスクは少し不良品だったのかもしれない.
CD-Rで作ったCD-DAも100%認識できるようになり,プレスのCD-DAももちろん確実に再生できた.
イマドキの普及型機は音質がギラついて耳障りなところがあるような気がするので,また,しばらく使えるようになり,ひと安心である.

注意としては,ピックアップの洗浄を行うときは電源を切ってレーザーを直接見ることがないようにすることと,
あまりレーザー照射出力を上げすぎるとピックアップの寿命を縮めてしまいかねないことである.

しかし,これぐらいのことであるが,メーカーなどに修理に出すと数万円の出費を覚悟しなければならないか,あまりに旧型ということで修理不能で帰ってくるか,である.
割り切れないハナシである.

2011年1月 4日

CHAR/"TRAD ROCK" Series

昨年春のEricを皮切りにJeff,The "B",The "V",Jimmy,Jimiの6作品がチャー先生のプライベート・レーベルであるZiccaから続々とリリースされ,年末に最後のJimiが発表になったので,レビューしておこうと思う.
最初は,一作品ずつレビューしていこうと考えていたが,Eric Claptonに関してはTHE YARDBIRDSから最新作に至るまで公式盤は全作所有しているが,THE BEATLESに関しては一枚も持っておらず,私自身の偏りが大きいので無理が生じてしまうのでシリーズを通じてということに考えを改めた.

それぞれのテーマについて,チャー本人の選曲でなく,
Eric:東儀秀樹
Jeff:藤井章司
B:奥田民男
V:萩原健太
Jimmy:Chris Peppler
Jimi:大友博
という,他のアーティストや音楽評論家によるものであることがミソだと思う.

私のお気に入りは,月並みかもしれないが,Eric,JimiとThe "V"である.
Eric Clapton,Jimi Hendrixは,今までからステージでもよく演奏されているので,耳に良くなじんであまり違和感はなく,Jeff BeckについてもSMOKY MEDICINEがJEFF BECK GROUP,THE VENTURESはBAHOでレパートリーにしていたので手馴れた印象で,また,オリジナルでは甘ったるくて聞けなかったTHE BEATLESの楽曲がロック色を強められて私にも聞きやすくなったり,うまくチャー先生の世界になっていったが,個人的にもっとも入り込めなかったのがJimmyである.
勝手な想像であるが,LED ZEPPLINというとJimmy Pageの裏をかく味付けとチャーとは正反対の声色を持つRobert Plantの歌ではJesseのヴォーカルで意識を逸らせているが,ZEPのイメージを保つと,とてもじゃないが堪えられなかったのではないだろうか.

約10年ぶりにメジャー・レーベルを離れて自主制作で作品を発表するということについては,江戸屋レコードのことがあるのでファンとしては少々心配になる.
しかし,明らかにメジャーでの制作とは異なる印象がある.
振り返ってこそいえることであるが,江戸屋時代,UNIVERSAL POLYDOR,そして今回を比べると明らかにUNIVERSALでの作品は魅力が劣るのである.
江戸屋が発足した20数年前と音楽ソフトの流通が劇的に変化し,メジャー・レーベルに所属する意味も薄れて,アーティストが市場を気にせず本人と本当にその作品を愛するファンが共有できる作品を提供されていくということに期待していきたい.

しかし,私が高校生の頃にこのシリーズのDVD-Videoに収録されているようなクローズアップ映像があったら大変である.

2012年6月 5日

Johnny吉長氏逝去

約1年半ぶりに書く話題がまさかこうなろうとは思っていなかった.
東北地方太平洋沖地震=東日本大震災については,家族や職場の人々とも共通の話題として,十分に防災や建築技術について議論した.
震災以外にも書く題材はないわけではなかったのだが,ブログにまで書きたい衝動に駆られることはなかった.自己完結してしまっていたのだ.
しかし,この話題は妻をはじめとした家族や職場でも共通の話題とできない.
せいぜい,2011年前期のNHK連続テレビ小説「おひさま」でヒロインの兄の友人で初恋の相手の役者(金子ノブアキ)の父親が亡くなった,というくらいしか言えない.
だから,べつに反応がなくてもよいのだが,だれかとの共感を得たいという衝動に駆られている.
このニュースを知ったのが,6月4日の夜,勤め帰りの電車の中でふと見た携帯電話のニュース.
そのときは,「ああ,そうか,ジョニー死んでしまったのか….」くらいにしか思わなかったが,
まる一日経って,じわじわとある種の感慨が溢れてきた.
20年以上前からJohnny,Louis & Char / Pink Cloudの楽曲になじんできたわけで,Pink Cloudが解散したのが1994年だったので18年か.
もう,J,L&Cの三人が寄り集まることはのぞめない.
少々モタリ気味だが,細身の身体から繰り出される重量感のあるドラムスと色気のある歌声はレコード作品やビデオ作品で過去の記録としてしか聞けないのだ.

2013年1月14日

ギターのブリッジ周り交換

ブログを更新しなかったからといって,ただ,暮らしていただけ,勤めに通っていただけで,何もそれらしいことをしていなかったわけではなく,一応は,従来どおりの趣味にも傾注はしていた.
そのうちのひとつ,白のST-314の改造を少々施した.
まずはトレモロユニットの交換である.
だいたい,以前にも書いたように,Eddie Van HalenやBrad Gillisが大好きでアームプレイに魅力を感じてストラトキャスターを持っていたわけで,オリジナルで取り付けられていたENDROX付6点支持のユニットに耐久性に不安があって,交換することにした.
弦間ピッチ10.5mmのシンクロナイズドトレモロをいろいろ調べて行き着いたのが,John Suhr by GOTOH 1055 である.
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2点支持でスタッドを打ち込まなければならないので加工精度に自信がなく,店に出して取り付けてもらった.
通常のトレモロと違って,アームの取り付け部分が雄ねじでなく,逆に雌ねじが切ってあって,トレモロブロック内に折れ残るということがない.
したがってかなりアクションにかなり安心感ができたことになる.
次に交換したのが,ヘッド部のストリングガイドである.
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トレモロブロックにENDROXがなくなってしまったのでヘッドでの弦の仕舞いが重要である.
もともとは,いわゆるカモメ形がついていたのをローラーストリングガイドに交換した.
後は糸巻き部分で巻き弦はいわゆるシーゲル巻き,プレーン弦は適切な巻き数で,チューニングの安定が図れることになった.
最後に,テンションスプリングのハンガーも交換した.安価な弦を選んで購入するので,弦テンションがよく変わり,そのたびにカウンターテンションを調整するので,ハンガーの木ねじが甘くなってきたし,調整はそれなりに面倒である.
そこで,Schaller製のTension Controllerを取り付けた.これでバックカバーを付けたまま,六角レンチ一本でスプリングテンションを調整できる.これは重宝である.
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おまけで,MustangのDynamic Vibratoのベースプレートも交換した.かなり以前から,Mustangユーザーの間で,Fender Japan製のベースプレートはナイフエッジ部の穴が変形しやすいと指摘されていたので,ALLPARTS製に交換した.
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"Fender"のロゴがないのがなんともさびしい限りであるが,某アニメ作品の影響でFender Japan製Mustangを購入された方は,使い込まないうちにまずはベースプレートを交換してオリジナル部品は温存しておくことをお勧めする.

2013年2月28日

Guyatone

1月いっぱいで東京サウンド株式会社(Guyatone)が経営不振のため,営業終了していたという.
エレクトリックギターを持ったときから,ずっとFLIP GA-100FCを愛用している者としては,
少々寂しいが,手ごろな価格で小出力の真空管ギターアンプを精力的に作っていた1990年前後が最盛期で,それが終わってしまったときが同時に勢いがなくなってしまったのかもしれない.
マイティマイクロシリーズはそこそこの人気を保っていたのかもしれないが.

GA-100FCを使っていて,その上位機種であるGA-300FCも欲しいと思っていたが,
以前,出張の機会に寄った御茶ノ水で見つけてしまい購入を断念して以降もなかなかリアルショップで出会えなかったが,いろいろと調べているうちに,GA-100FCを使っている実感としてもあったのだが,オペアンプを組み込んでいるせいで歪みすぎのきらいがあり,また,チャンネル切り替えスイッチが背面パネルにあってフットスイッチ端子がないということがわかってあまり積極的に探すのをやめていた.
そんなところへ,仕事帰りに見かけた楽器店でFLIPシリーズの前身である,H&M model30が8千円という安価で置かれていた.
H&MシリーズもFLIPシリーズも故・成毛滋氏肝煎りで開発された練習用プリアンプ真空管式アンプである.
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ほぼ,ジャンク扱いだったのだが,試奏させてもらって何の問題もないのでそのまま購入して帰った.
H&M model30には,初期型とMk-2があり,CELESTION G8L-35が搭載されていたが,購入したものは,さらに最初期型で,オリジナルスピーカーが搭載されていた.
小型アンプながら入力にLoとHiがあり,SEND/RETURN,フットスイッチ端子を装備している.
特徴的なのが,MIDNIGHT JACK(簡易アッテネーター)でドライブチャンネルでも,十分な歪みと小音量を実現している.
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後には,これは失敗作だったと述懐されていたようだが.
"H&M"というのは,Hard & Metalということで80年代のへヴィメタル・サウンドを志向していたことによるらしいのだが,
意に反してチューブオーヴァードライヴよりもクリーントーンが非常に気持ちよい.
CELESTIONはG8L-35のような8インチ8オームのスピーカーをやめてしまっているので,JENSEN C8R-8にでも換装しようかと考えている.

H&MはGuyatoneブランドではないが,東京サウンド製の80年代後半のアンプが都合2台になった.
近頃は,Marshallも1Wを出すくらいだし,Bugera V5のような超安価なフルチューブアンプが注目されるのだから,
再度,低価格低出力の真空管アンプで事業再起に挑戦して欲しいものである.

2013年5月13日

ピックアップ配列

一応,一般に考えられるピックアップ配列のギターはすべて所有していることになるのではないだろうか.
レースセンサーだが,3S(黒のST-314).
ストラトだが,2H(自作コンポーネント).
シングルサイズハムだが,SSH(白のST-314).
ヘッドレスだが,HSH(Spirit GT-PRO DELUXE).
ムスタングだが,2S(MG-69).
(全部“―だが”と但し書きが入るのがへそ曲がりぶりを示しているのではなかろうか.“―の”となるなら納得しやすいのだが.)

ずっと,オーヴァードライブサウンドを主眼においたドライブチャンネルのみのGuyatone FLIP GA-100FCを使ってきたものだから,ハーフトーンというものに関心を寄せてこなかったのだ
が,H&M model30を入手してクリーントーンに気が向くようになった.
3Sのハーフトーンをクリーンで鳴らしてみたときに,ハーフトーンとはこんなに気持ちのよい音だったのかと再認識したのである.
当然ながら,Eric Claptonや安藤正容の演奏でハーフトーンの魅力はわかっていたつもりだが,自分が出す音ではないと思っていたのである.
それにムスタングのインフェイズとアウトフェイズの違いなどこんなに面白いものだったかと思った.
せいぜい,ブリッジピックアップをネックピックアップに切り替えるとトーンが甘くなるくらいにしか思っていなかったのである.
ホントにいまさらである.我ながら高校生の頃から弾いているとは思えない.
また,もともと,4芯式のハムバッキングピックアップでコイルタップさせた音など信用していなかった.
シングルコイルよりも磁力が弱いポールピースを使っていてコイルを一個キャンセルさせたからといってシングルコイルの音が再現できるはずがないと思っていたのである.
だめもとで,と思って白のST-314のブリッジピックアップに載せてあるSeymour Duncan SL59-1b(Little59)を5点スイッチのブリッジ+ミドルの位置でコイルタップさせるようにした.
すると悪くない音が出てきた.ブリッジ位置ではハムバッキングの音でブリッジ+ミドルでハーフトーンが出せる.
しかし,おそらく単体でタップさせた音には似非シングルの音しか出てこないと思われるのであまり魅力を感じないだろうと思う.


こうなると味をしめてしまい,次にGT-PROである.純正のSelect by EMGがなんとも評判の悪いピックアップである.
パワーが小さいのに歪みすぎてトーンが汚いといわれている.
確かに実感としてはある.
だからといって,音に期待のできない安物のヘッドレスギターに高価なピックアップを載せてもバランスが悪くなるだけなので交換するつもりはない.
そうこうして,いろいろ調べているうちに見つかったのが,実はタップ線を遊ばせてあるということである.
F1000066.JPG
こういう情報が入ると早速,配線改造にも乗り出してしまうのである.
芯を出してセレクタースイッチに半田付け.これで出来上がり.
F1000068.JPG
それらしいハーフトーンが得られた.
出音がよくないとあまり触りたくもなくなるのだが,ちょっとでもましな音が出ると触るのが楽しくなってくるのがギターの不思議な魅力である.

2013年11月 3日

ギターアンプと真空管との相性

ぶっちゃけて言うと,安物.
自慢できる代物ではまったくないが,東京サウンド製のプリアンプ真空管式ギターアンプをH&M model30とFLIP GA-100FCの2台持っているわけである.
両方ともプリ管は12AX7で,H&Mは1本,FLIPは2本である.
GA-100FCには長い間,SOVTEKの12AX7-WAを装着していた(20年以上前のハナシで,今になると馬鹿なことをしたと後悔しきりであるが,オリジナルでついていた真空管は捨ててしまった).
少々,おとなしい印象があると感じていた.
H&Mは購入時にはハンガリー製真空管が装着されていたが,結構いい音がするので温存しておくために何に換えようかと楽器通販サイトを物色していた.
そうして目に留まったのがBugeraのECC83管.レビューにGA-300FCに装着したら良いザクザク感が出たとあったのでそれにつられて3本まとめて購入.
確かにGA-100FCに装着するとワイルドなドライブサウンドが得られた.
しかし,ゲインを絞っても若干歪んでいるという,結果的には歪み過ぎの管である.まあ,レビューに間違いはない.
オペアンプを組み込んであるとはいえ,真空管によって音に違いが出ているので良いのではないだろうか.
問題は,H&MにBugera ECC83を装着したときである.非常に不安定になった.
ピッキングのアタック直後に音が萎むように感じられるのである.意図しないボリューム操作のよう.
明らかに電気的におかしい.電源スイッチを入り切りしたときのノイズも気になる.
キャビネットを開けるにはいたらなかったが,コンデンサの容量抜けなどの劣化が原因ではないかと思い,まずは電解コンデンサの容量抜けのチェック方法を調べ始めた.
なにぶん,電気はまったくの素人である.真空管となると高電圧に触れる危険がある.慎重にせねば.
と,考えているうちにふと思いついたのが,余らせているSOVTEK 12AX7-WAにいったん差し替えてみること.最初は真空管が原因とは思っていなかった.
実際に差し替えてみると,非常に安定している.クリーンはハッキリした音像で,歪みも滑らかである.
H&MにはFLIPのようにあからさまなオペアンプは組み込まれていないだろうから,より顕著に現れるのかもしれない.
しかし,GA-100FC購入時についていた真空管はECC83とプリントされていたので,12AX7とECC83は完全に互換性がある真空管であると思っていたが,こんなにアンプと真空管の相性が顕著だとは思ってもみなかった.
H&MもFLIPも東京サウンド製なのでこのあたりは共通と思っていたが設計がまったく違うようである.
Bugera管は歪みに特化しようとするあまり,不要な負荷がかかるようになっているのかもしれない.

多種のブランドの真空管を集めて音質の違いを研究している方がいらっしゃるので,個々の違いについてはそちらを見てもらうことを勧めるが,ほぼ,そのとおりのことが体感されたという感じである.

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