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2001年12月06日

UNPLUGGED

この言葉が安易に使われるようになったのはいつからだろうか。
やはり、エリック・クラプトンのあのアルバムの大ヒット以降か。
昨今の日本での、2度とは来ないだろうと思っていた、フォークブームにも少なからず影響はあるだろう。

もともとの『MTV UNPLUGGED』というTV番組の音源がレコードとして発表されたのは、
ニール・ヤングだったか、ポール・マッカートニーだったと思う。しかも題は「公式海賊盤」。

当初の企画は斬新で意義もあったと思う。
特にクラプトンのそれなどは、これまで、伝記等ではギターをはじめた10代半ばの頃にロバート・ジョンソンなどの
デルタ・ブルーズをコピーしていたと書かれていたが、クラプトンが実際に生ギターでブルーズを原形に近い形で演奏したのは貴重である。

なのにである。

「Tears in Heaven」のヒットである。濃い目のファンの私としては何をいまさらと思ったものだ。
かの曲は『UNPLUGGED』ではなく、サウンドトラック『RUSH』がスタジオ盤のオリジナルである。
それにオクターブ落とした、Jazzyな「Layla」。これも貴重とは思ったが、のちのツアーではずっとこのパターン。
あの激しい、親友の妻との不倫の恋を歌ったラブソングが、こんなに落ち着いてよいものか!?と思った。
オリジナルの形で声が出ないのなら、やらないほうがマシと思った。

大ヒットで非常に陳腐な作品に成り下がってしまったように思えてならない。
当人も気に入っておらず、リリースを渋ったらしい。しかし、当人が気に入らない作品に限って売れてしまうのは皮肉なハナシである。


最近では、UNPLUGGEDと謳いながら、プラグインしてたり、訳がわからない。

最近街を歩くと、レコード店店頭などで宇多田ヒカルの『UNPLUGGED』がデモで流されていることが多い。
しかし、耳に入ってくるのを聞いて、「これはアンプラグドなのか?」と思った。
リズムが打ち込みではないのか?はたまた、アンプラグドらしさは出ているのか?

話をクラプトンに戻そう。

あのライブアルバムは、ロック(エレキ)・ギターの“神”エリック・クラプトンが生ギターで自分のルーツに戻ったのを、
耳にまた目の当たりにできるのが貴重なのである。
「Tears in Heaven」ではない。この曲を聴いて感動する若い女性が大勢いるであろうが、とんでもない話である。

クラプトンのようなギターを弾き、歌いたいとは思うが、人生まで真似しようとは思わない。
ヤク中でアル中、それ以前に女たらし。
世界一キツイ煙草、“Rothmans”を喫う。
今は禁煙しているが、なんともその理由が彼らしい。
「女の子とロマンティックな気分になってるのに痰が絡んで興ざめだから」だそうである。

最後まで残った病気は女癖の悪さのようである。

2001年12月10日

不遇の(?)ギタリスト

先ごろ(10/24)、4thソロアルバム『guitar_pure』を発表した、北島健二。

特別に売りの特殊テクニックなどは持っていないが、非常に特徴のあるギターを弾く人である。
印象的なリフ・ワーク、切り込むような鋭いリードプレイ。
ジェフ・ベックがスケベになったようなギターを弾くと評した人がいたらしい。

知る人ぞ知る日本のハードロックギターのカリズマである。

レコードデビューは高校時代の同級生の織田哲郎とともに“9th Image”で。
“WHY”解散後、数々のサポートなどで売れっ子セッションギタリストとして名を馳せつつ、2枚のソロアルバムを発表した。
れっきとしたバンドのセッションにも多数参加しているので、そのバンドのギタリストが弾いていると思っていたら、
実は北島健二のギターだったということが多々あるのである。例えばプリンセス・プリンセス。

数年後、出たがりのマネージャー、Y氏の企てにより、ドラマーの山田亘、ベーシストの西村麻聡とともに
デジタル・ビートを取り入れたハードロックバンド“FENCE OF DEFENSE”が結成された。

それに目を付けたのが小室哲哉。
今でこそ、自分の限られた手持ちフレーズの順列・組み合わせだけで曲を書き、
まともなオーディションで次点どまりの女の子の実力を上げ底した挙句、ポイ捨てにしている印象しかないが、
'84~'86年当時、TMネットワークでは、実験的なサウンドメイキングを試みていた。
FOD丸抱えでツアーサポートに使おうとしていたが、北島が余りにセッションワークで多忙なため、実現しなかった。
そこで北島は自分の代わりを紹介した。「あいつ、なかなかいいよ~」当時、浜田麻里などのサポートを勤めていた松本孝弘である。

FODのレコードデビューが具体的に進むにつれ、西村もFODに専念するため、TMのサポートから抜けた。
TMネットワークの人気がブレイクしたのがその後である。
TMの人気とともに松本孝弘の人気も上がっていき、インストゥルメンタルのソロアルバムも発表し、B'zも始動した。

一方、FODは一定の人気は保っていたものの、パッとした人気は出ないまま現在活動休止状態である。
3人とも両手が塞がって派手なライブパフォーマンスができなかったこともあるかも知れないし、
自称“重くて暗いバンド”だったせいもあるかも知れない。

ここ数年は、田村“SHO-TA”直美のプロジェクト、“PEARL”にカーマイン・アピスらとともに参加したり、
2年前に3rdソロ、『WILD FLOWeR』を発表。この作品では自らも積極的に歌っていたが、ギターの片手間という印象は拭えなかった。
しかし、今回の4thソロでは、すべての楽器をこなし、ゲストヴォーカルに坪倉唯子を迎えているものの、見違えるほどヴォーカルは力強くなっている。

声を大にして言いたい。

サウンド・メイキング、リズム感、プレイ・センス。全てにおいて松本孝弘なんぞより格段に上である。

実力と人気が比例しない好例である。

余談:
機材倉庫にある私のオリジナル・ストラトに搭載しているハムバッキング・ピックアップ、
ESP LH-200は、北島健二がヤマハとエンドースする前に使用していたことで有名である。

2001年12月13日

「ヤングマン」

このタイトルを聞くと西城秀樹の代表曲を思い出される向きも多いことと思う。
もうすでに20年以上の時が流れているが、小学生でも知っているのではないだろうか。
はつらつとした“若者賛歌”であるのは誰もが認めることであろう。

少し知っている方ならば、この曲がオリジナルでなく、'70年代末期のディスコブームのときに
“Village Peaple”なるディスコバンドが飛ばしたヒット曲のカバーであることが思い出されるであろう。

この曲、原題を「YMCA」という。そのくらいはご存知だろう。歌番組では「ヤングマン(YMCA)」と字幕が出ていたはずである。
そもそもYMCAとは、Young Men's Cristian Associationの略である。
日本では、英会話教室などで有名であり、アメリカ合衆国各地にはYMCAが主宰するユースホステルも数多く存在する。
それが何ゆえに、ディスコという歓楽街に存在する娯楽施設で流れる曲のテーマになるのか?

これは、レコードのライナーノーツに書かれていたことであり、ゴシップでもなんでもない。
名前は失念してしまったが、Village Peapleのリーダーは、ゲイのパリジャンなのである。また自分がゲイであることを誇りにしていた。
そして、YMCAのユースホステルは同性愛者が集うということが、ある筋では公然の秘密となっている。

「ヤングマン」のサビは“素晴らしいYMCA♪”である。
一方、「YMCA」の原詞では“Let's Go to Stay at the YMCA♪”なのである。

もうお分かりだろう。
この曲は若者賛歌でもなんでもない。
『同性愛者同志諸君!YMCAに集おうではないか!!』
という内容なのである。

私はこのことで何人もの友人に軽いショックを味わわせてきた。話のネタにはもってこいである。
国内の音楽しか聞かない友人を相手にしたときの楽しみの一つである。

海外のロックなどを聴いていると、こういう(悪趣味な)楽しみも一つ加わるのである。

ちなみにVillage Peapleには、「In the NAVY」という曲もある。NAVYとは海軍である。
(この曲もピンク・レディが「ピンク・タイフーン」としてカバーした)
発表された当時は合衆国国内でも、ベトナム戦争の反省もあり、戦争賛美曲である、と、かなり非難されたが、
真の意味は、もう解説するまでもないだろう。

2001年12月24日

パクリかオマージュか?

さて,これはどう判断するか?そのミュージシャンの態度によるだろう.

例えば,佐野元春の名曲「SOMEDAY」はブルース・スプリングスティーンの「HUNGRY HEART」にそっくりと言われている.
また,スタイル・カウンシルにそっくりの曲もある.
でも,パクリとは呼ばない.これは,「この人の音楽に感動を覚えました.」という態度が読み取れる.
ラジオやインタビューでそれとなく宣言されているのである.

また,CHARの曲にもジミ・ヘンドリックスの「FOXY LADY」に良く似た「FINGER」や「FIRE」に似た「FEEL THE GROOVE」と言うのもあるが,
CHARのファンの大半は,ジミヘンなど常識的に聴いている.だから,パクリとは解釈しない.
わかりきっていることであり,アーティストとファンの同意が無言のうちに取れているのである.
それにパクリどころか「MANIC DEPRESSION」などのカバーもライブでは披露するほどである.
逆にパクリと言うほうが,認識不足を指摘されて恥をかくだけである.

では,パクリと解釈するのはどんな場合かと言うと,80年代の前半,米のHRバンド“NIGHT RANGER”のデビュー曲「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」の
イントロのパターンがシブがき隊の曲でまるまる使われた.
来日を招聘したイベンターは青くなってメンバーに聞かせないようにピリピリしていたらしい.
実は,その前にすでに知っていて,ジョークにしていたらしいが.
最近では朝娘.の曲に書いたのがまともに70年代末のディスコのパクリである,つんくである.
要するに主だったリスナー層が知ってるか知らないかを意識しているかどうかで「どうせ知らないんだから,使ってやれ」
という
あざとさが見えるかどうか,これに尽きる.
B'zの曲にしても,リスナーがLED ZEPPELINやDEEP PURPLEに遡るのか?というところで分かれるだろう.

隠れたパクリの名手が大滝詠一である.
こんなエピソードがある.とある自他ともに通と認める音楽ライターが大滝詠一に意を決して恐る恐る尋ねた.
「あの~,大滝さん,今度の新作のあの曲って,○○の××と●●の△△とをパクッてませんか?」
答えた大滝詠一のたまわく,
「あれ?二曲しか分かんなかった?」
実は,もっとパクッてたのである.彼のほうが上手である.
しかし,重箱の隅を突付くごとくマニアックすぎて,さしものライター氏も分からなかったのである.
ここまでやれば,立派である.ある種,パクリとはこうあるべきかもしれない.

恐るべし,大滝詠一.
つんくも有名どころをパクッてないで,彼を見習え!

2001年12月27日

BLUES MUSIC

12/26深夜フジTVで『the roots of music Vol.1 BLUES』という番組が放送された(関西TVではあったのだろうか).
なかなか,興味深く見ていた.

ココ10年ほどで「気分はブルー」などという言い回しもすっかり定着したが,
なぜ,憂鬱だとブルー(Blue)=青かご存知だろうか.

アメリカ南部,奴隷制が厳然と存在した時代,農場でアフリカから連れて来られた黒人たちは働かされていた.
晴れたら過酷な労働が待っている.「忌々しい青空め 」というわけである.

この言い回しをするヤツに限ってBLUESなど聴かないのが腹立たしいが.

ちなみにブルースではなく,ブルーズと発音するのが正しい.

2002年01月17日

やっぱりオリジナル

 シンガーソングライターと呼ばれるミュージシャンは自作自演のほかに時として,
作曲家-作詞家として他の歌手に曲を提供することがしばしばある.

 そしてよく行われるのが,その提供した歌手に遅れて自ら行う逆カバーである.
で,これまたその方がよい場合が多いような気がする.

例をあげると
「セクシー・ユー」(郷ひろみ) →「モンロー・ウォーク」(南佳孝)
「けんかをやめて」(河合奈保子)→「同」(竹内まりや)
「セーラー服と機関銃」(薬師丸ひろこ)→「夢の途中」(来生たかお)
などなど….

 結局,自分の声質に合った曲を書いてしまったり,持っている情緒が滲み出るのか,
作曲者自ら歌うほうが世界観が明確なような気がする.

 ただ,個人的な好みに過ぎないかもしれないが逆のケースが若干ある.
松任谷由実のペンによる「まちぶせ」(石川ひとみ).
後にユーミン自らも歌っているが,彼女の歌い方は,どうも表情が感じられず,
逆に石川ひとみの声,唱法ともに,とても日本のポップス的情緒にあふれているように感じられてならない.

 しかし,オリジナルであっても超えられないほど自分の世界を持った歌手がいた.

美空ひばり と 山口百恵 である.

 美空ひばりは言うまでもなく,昭和歌謡史の金字塔である.
我々の年代以下の年齢層では,演歌の印象が非常に強いが,彼女ほど様々なリズム形態で歌え,
幅広い音楽性を持ち合わせた人はいなかった.
 ある音楽評論家が,「美空ひばりは日本のデヴィッド・ボウイだ」と評したのを別の音楽評論家が
「デヴィッド・ボウイがイギリスの美空ひばりである」と反論したことがあった.
「愛燦燦」は,見事に小椋桂の世界を取り込んでしまっていた.

 山口百恵にはかなり多くのニューミュージックやロックのミュージシャンが曲を書いている.
「ロックンロール・ウィドウ」では宇崎竜童,「秋桜」ではさだまさしの曲をその強力な個性で自分のものにしていた.
「いい日旅立ち」は,作詞作曲を依頼された谷村新司が,苦心惨憺した挙句仕上げたものの
自身では,イマイチと思ったが,取り敢えず聴かせてみようと電話口でギターで弾き語りをした.
「すごくいいと思います!」との反応に掌を返したように「…でしょう!?」と
思わず賛同してしまったのは有名な逸話である.
 後に国鉄の同名のキャンペーンソングとして大ヒットしたのは,言うまでもないだろう.
私は谷村新司が歌ったバージョンも好きであるが,やはりこの曲は山口百恵だろうと思う.
 “横須賀 恵”のペンネームで作家としても活躍していたので文学的表現力に長けていたのだろう.

 ただ,同じ谷村新司の「昴」は美空ひばりが歌っても,決して頭の中に中国大陸の大平原の光景が広がることはなかったが,
この確固たる日本人的情緒による彼女の歌の世界が戦後の復興の礎の一端を担ったのかも知れない.

2002年02月05日

いまさら

 元・聖飢魔IIのリズムセクション,“ライデン湯沢”こと雷電湯澤と“ゼノン石川”こと石川俊介,
サポートキーボーディストだった“怪人マツザキ様”こと松崎雄一によるフュージョンユニット
“RX”が気に入ってしまい,聖飢魔IIを改めて聴いている.
聖飢魔IIといえば,「蝋人形の館」「STAINLESS NIGHT」「白い奇蹟」くらいしかご存じないかもしれない.
私もこれまで“極悪集大成教典”:『WORST』などは聴いていたが,どちらかというと好き,程度だった.
ところがRXを気に入ったので,ちょっとオリジナルアルバムを聴き返してみようと思い,
『THE OUTER MISSION』を中古店で求めた.
お気に入りの曲も収録されていたし,元レベッカの土橋安騎夫プロデュースという変り種でもあった.

キャッチーなメロディ,スケールの大きなノリのいいミディアムテンポのシングル曲「THE WINNER!」「LUNATIC PARTY」
聖飢魔II流のファンク・ナンバー「LOVE FLIGHT」,ゴジラの咆哮がSEに入った「害獣(けもの)達の墓場」
などがあるが,秀逸なのは,ギターソロで8小節ずつJAZZYな4ビートとパワフルなハードロックの速弾きが交錯する「RATSBANE」である.
ギタリストはルーク篁,エース清水の二人居るが,リズムセクションは一組である.8小節ずつリズム形態が切り替わるというのは大変である.
それに大へヴィメタル・ナンバー「不思議な第3惑星」.
よく,英詞で何かの拍子におポンチな日本語に聞こえて笑ってしまうことがあるが,一曲まるまる意図的に作詞している.
1コーラスだけ紹介する.

Want some beat? Want some beat?
Talk at a sheep,shall (the) bull leads to care~
Wants some beat? Want some beat?
Talk at sheep,Know me! Come in!
All I know.Oh,soon she needs,want some beat. Oh,tap your lead!
Hanna needs going to keep the...Oh,gutar! More damn it!

訳詞として付いているのが

ビートが欲しいだろう ビートが欲しいだろう
信者に語りかけよ 神の教書は加護に導くかい?
ビートが欲しいだろう ビートが欲しいだろう
信者に語りかけよ 私を知れ 私の元に入れ
私は全知である 彼女は遅かれ早かれ ビートを欲し必要とする さあリードを弾け
聖ハンナは…おお,ギターを持つことを必要としている 何ということだ….

これが実際にはどう聞こえるかというと,

ワサビ!ワサビ!唐辛子しゃぶりつけ!
ワサビ!ワサビ!唐辛子飲み込め!
俺のお寿司に,ワサビをたっぷり
鼻にスコーンと来た!おお,来た!もお,ダメ・・・!

コレがあと2パターンつづくのである.大したものである.

2002年02月09日

両極端

 私が高校生の頃,バンドブームの直前で,ビート系がチャートをにぎわすようになり,その兆しは見えかけていた.

 その頃は,バンドはやっていなかったが,国内ものでは,鈴木賢司やヴァウ・ワウあるいはフュージョン系,
海外物でもヴァン・ヘイレンやナイト・レンジャーといった,非常に演奏の難度の高い物を好んで聴き,ギターを弾いていた.
国の内外を問わず,かなりテクニカルなものを好んでいたのである.

 周りでも自分も含めて楽器を弾くヤツがかなりいた.しかし,コレが両極端なのである.
国内のバンドをコピーするヤツ等は,ボウイやバービーボーイズなどのテクニックをさほど要しないものをコピーし,
海外のバンドをコピーするヤツ等は,イングヴェイ・マルムスティーンやレーサーXなど相当に難度の高いものをコピーしていた.
逆に国内ものでラウドネスやカシオペアといったハイ・テクニックを要するアーティストをコピーするヤツは居なかったし,
海外もののビート・バンドをやるヤツはいなかった.

 この現象は何だったのだろうか?カラオケと共通するように思えてならない.
国内に限るが,ここ何年かというもの,カラオケで歌いやすい曲ばかりヒットする.
素人に歌いやすい曲をプロフェッショナルの歌い手が歌ってプロのプロたる所以はどこへ行った?
ただ,手本,いや,形を供しているだけではないのか.
レコード会社もそんな売り方が消耗を早めるだけですぐに行き詰まりが生じてタマ切れになることに気づかないのだろうか.
昔は,ポップ・シングルと言えどももっとインターバルが長かったはずなのだが.
プロならば,
「お前らには,こんな難しいことは出来んだろ,悔しかったらやってみ?」
という気概を作品の中で主張してほしいものである.
これは,巷に溢れる凡百の珈琲店の店主にもまったく同様のことを言いたい.

2002年02月23日

ELECTRIC GUITAR

 機材倉庫を見ていただいて分かるように,私の好みのエレクトリックギターは,フェンダーを基本としたギターである.
エレクトリックギターに興味を持ったときに,たまたま,好きだったギタリスト
(エディ ヴァン ヘイレン,ブラッド ギルズ,鈴木賢司,佐橋佳幸,安藤まさひろ…)がそろってストラト系を弾いていたからに過ぎない.
 最後の決め手はエリック クラプトンである.60年代にクラプトンのファンになっていたら,ギブソン派だったかも知れないが,
約40年のキャリアの中で70年代初めから現在までなので,なによりストラトを使用している期間のほうが圧倒的に長いのだ.

 フェンダー系のギターの魅力というのは分解できることである.私はギターを購入すると必ず帰宅して一番に分解する.
そうやって,ギターの機構を理解しつつネックの角度,個々のサドル高にいたるまで自分の気に入ったように調整していくのだ.
特にフェンダー系は可動部品が多い.
楽器としてよりもおもちゃの感覚が強いのかも知れない.トレモロ・アームが好きなのだ.
クラプトン以外の好きなギタリストはほとんどがアームの使い手である.

 レス・ポールやSGといったギブソン系ではこうはいかない.
ギターとしてカッチリまとまりすぎていて,いじる気が起きないのである.
ネック接合がセットネックで接着してあるので,角度は変わらないし,ギターによっては全く調整の余地が無い.

 他にもオリジナリティに溢れた,ダン・エレクトロやリッケンバッカー,グレッチなどがあるが,華奢な印象しかなく,私の趣味ではない.
リッケンバッカーで私のようにアームユニットを激しく動かしたら,ギターが簡単に壊れる.それにジョン レノンの印象であるのもいただけない.

 数年前に,鮎川誠氏が「DOS/Vブルース」という著作を発表した.
鮎川誠といえば,黒のレス・ポール・カスタムをトレードマークとしためんたいロックの旗手“シーナ&ロケッツ”のギタリストである.
パソコンのイメージとはかなり縁遠い.
この著作は未読で申し訳ないが,ギター雑誌での紹介によると彼の印象では「DOS/V=ギブソン,Mac=フェンダー」だそうである.
私の考えとは全く逆である.

 私のオリジナル・ストラトを見て頂くだけでも少しは理解できると思うが,
フェンダーのギターはかなり自由なカスタマイズが可能でオリジナルと程遠い印象のギターが多く存在する.
フェンダー・カスタム・ショップによる“公認”改造アーティストモデルも多い.
外見上の違いは無くても電気的に全く異なる大胆な改造もキャビティが大きくあいているので可能である.
反してギブソンのギターを派手に改造した人はあまり見かけない.せいぜい外見上影響を与えない部品の交換程度にとどまってしまう.
外見を変えることが心情的に出来ないギターなのである.

 PCは自作といえばDOS/Vマシンであり,複数のOSも搭載可能であるが,Macは自作はおろか改造も不可に近く,専用のMacOSしか搭載できない.
やはり「DOS/V=フェンダー」「Mac=ギブソン」であり,誤解を恐れずに言うならば,DOS/V=理系,Mac=文系という印象もある.

 工作と,自分なりの調整が大好きな私としては,ギターはフェンダー系,PCはDOS/Vマシンである.

注)
本来DOS/Vマシンという呼び方は正しくなく,IBM PC-AT互換機と呼ぶのが正しいはずであるが,この呼び方もISAバスが事実上なくなったので必ずしも正しくない.
最近はOADGという規格も耳にしなくなった.DOS/V自体ももはや単独では存在しないので誤りなのであるが通りが良いので便宜上使用している.

Macintoshに搭載できるOSも実際にはMacOSだけでなく,MK LinuxなどのPC UNIXも搭載可能であるが,MacでLinuxを搭載してフル稼働させているという話はあまり聞かない.

2002年02月24日

印象深いコンサート

 当サイトを含め,いろんなところでフェイバリット・アーティストはエリック クラプトンだと言っているが,
実は,コンサートは一度しか行けていない.もう,10年以上前にもなってしまう,「Journey Man Tour」である.
日本ツアー,大阪では大阪城ホールで催された.
 電話予約開始日,なかなかチケットが確保できず,ようやく電話が繋がったと思ったら,立見席しか残っていなかった.
仕方が無い,立見だから行かないなんて,次はいつになるか…,そのまま予約した.
周辺の友人にクラプトン・ファンはおろか洋ロックファンも居ない.当時付き合っていた女の子を誘うことも出来なかった.
 コンサート当日,立見は席が決まっていないので開場時間に先立つこと1時間半前に大阪城ホールの立見席客用入り口にいた.
近くに居た人と少々マニアックな音楽談義をしながら待っていたのでさほど退屈はしなかった.
いざ,開場時間が近づくと,イベンターから何か告知があるようだ.
会場を設営してみたら,ステージ横に余分にS席が出来てしまった.千円足せば,S席になる,というのである.
迷わず,千円足した.立見席は三階席の一番後ろになってしまうのである.S席にしたほうが得策と思えた.
会場に入ってみると,ホントにステージの真横である.
が,開演時間になり,客電が落ち,幕も落ちてエリック クラプトン&ヒズ・バンドが現れると,あることに気付いた.
コンサート会場はピンスポットの光条を見せるためにスモークを焚いている.
それがステージの真横だと,ピンスポットの光条がまともに見える.
そのときは,クラプトンのギターにスポットライトが反射する光条も見えるのである.非常に幻想的だった.
場所的には音のバランスは最悪かも知れないが,その場では臨場感が味わえればそれでOKなのである.

 BLIND FAITHがオリジナルの「Can't find my way home」をベースのネイザン イーストがアップライト・ベースを弾きながら
歌ったのも印象的だった.

2002年03月10日

名曲

ロックは流行歌である.このことには誰も依存は無いだろう.しかし,残るべくして残る名曲は数多ある.

The Beatlesにしろ,The Rolling Stonesにしろ多くの曲が名曲として多くの人に記憶されている.
ラジオからも頻繁に聞こえてくる.オンタイムの曲ではないのに,だ.
他にもLed Zepplinの「Stairway to the Heaven」や,Grand Funk Railroadの「We're an American Band」,
The Doobie Brothersの「Long Train Runnin'」などは特によく聴く事が出来る.

しかし,日本国内のロックでも名曲と呼ばれている曲も数多くあるはずだが,ほとんどラジオから流れることは無い.

例えば私の敬愛するチャーの「SMOKY」.
雑誌等で日本ロック史云々の特集があると必ず取り上げられる,日本人離れしたリズム感とスピード感のある全英詞の名曲である.
シングルにはならなかったが,コンサートでは定番のチャーの代名詞とも呼べる曲だ.しかしラジオで流されることはあまり無い.

昨今,チャートを駆け上がる曲といえば,ドラマやCMとのタイアップ曲ばかり.ごくまれに曲の魅力だけでじわじわと浸透してくる曲もあるが.

クリスマスソングの定番となっている山下達郎の「クリスマスイブ」ですら,タイアップが長年に渡るヒットのきっかけである.
名曲には違いないが,私の印象では山下達郎は冬を歌う人ではない.夏を歌う人である.

ラジオから聞こえるのは,そのときの最新チャート曲のみ.いかに作品を軽んじて浪費していることか.
このことにレコード会社もリスナーも気付いているのだろうか.

本当に聴く耳をもった音楽ファンが少なくなった証左なのだろう.
中古レコード店に行くと良くわかる.同じCDが数多く並んでいる.すぐ飽きられて処分されたCDたち.
かなり高価な限定発売のボックスものも少なくない.そのなれの果てが中古店に大量入荷なのである.
レンタル店に同じ物が何枚も並ぶようなToo Muchなものには興味は湧かない.
予定調和で聴いていて発見もスリルも無いからだ.

2002年04月20日

ヘンな邦題

 欧米とは異なる言語体系をもつ日本では,洋画にしろ,洋楽にしろ,原題に加えて邦題というものが付く.
 映画の場合には,作品そのものの時間が長く,台詞は字幕,あるいは吹き替えなので,原題とはかけ離れていても,内容を言い得た邦題がつけられることが多い.
 ところが,音楽の場合には,直接歌詞の内容が伝わってきにくい上に,作品の時間が短いために突拍子もない邦題が付けられることが,ままある.
 1950~60年代のアメリカン・ポップス全盛期には,やたらと枕詞のように「悲しき○○」という邦題が付けられた.歌詞の内容を見ても全く悲しくも何ともないのに.また,これが“悲しき”とか“涙の”と付くと必ずヒットするのである.なんと日本人と言うのはお涙頂戴が好きな民族なのだろう.
 
 最近では,英語をそのままカタカナ表記にしただけで,邦題らしい邦題が付けられることはめっきり減ってしまった.せいぜい前置詞を省略する程度である.
 また,昔の作品で邦題があったものでも現在では邦題が外されていることも多い.例えば,1975年発表のJEFF BECKのフュージョン-インストゥルメンタル路線第一弾『BLOW BY BLOW』.現在レコード店に並んでいるCDにはカタカナで『ブロウ・バイ・ブロウ』と表記されているが,発表当時,『ギター殺人者の凱旋』と名づけられていたのである.歌詞のないインストゥルメンタルで唯一の言葉でこんなブッとんだ邦題がどうやってつくのか名付け親のセンスについて非常に興味深いものがある.もう一例,1983年発表のアメリカン・ハードロック・バンド,NIGHT RANGERのデビュー・アルバム『DAWN PATROL』.これも現在では『ドーン・パトロール』と題されている.当時の邦題は『緊急指令N・R』“RANGER”という単語から連想された邦題だとは思うが,ごたいそうな言葉を選んだものである.さらにデビュー・シングルとしてカットされたのが「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」,邦題が「炎の彼方」これはマイナー気味の曲調ででスピード感のある曲だから百歩譲って良しとするか.
 
 とにかく'70~'80年代のハードロック系はこの手のネタには事欠かない.最も笑わせてくれるのが,VAN HALENだろう.列記してみよう.
 『VAN HALEN』→『炎の導火線』
 「ERUPTION」→「暗闇の爆撃」
 「AIN'T TALKIN' 'BOUT LOVE」→「叶わぬ賭け」
 『VAN HALEN II』→『伝説の爆撃機』
 『Women and Children First』→『暗黒の掟』
 「COULD THIS BE MAGIC?」→「戦慄の悪夢」
 なんの脈絡があるのか,はたまた,名づけた人は事前に歌詞を読んだり,曲を聴いたりしたのか,特に「COULD THIS BE MAGIC?」などは可愛らしい,JAZZYな曲調なのである.それが「戦慄の悪夢」とは….
 
 もう一題.伝説のブルーズマン,ROBERT JOHNSON.彼の活動したホンの数年のうちの全録音,29曲,41テイクを収めたCD2枚組の『THE COMPLETE RECORDINGS(全録音)』.この各収録曲にも逐一邦題が付けられている.「○○のブルーズ」というのが基調である.それはいい.しかし,なんともトホホな邦題がつけられてしまっている曲がある.しかもROBERT JOHNSONを象徴する曲であり,ERIC CLAPTONのCREAMでの名演でも有名な「CROSS ROAD BLUES」である.CREAMの『WHEELS OF FIRE-クリームの素晴らしき世界』(この邦題も如何なものかと思うが)では「CROSS ROAD」→「十字路」という邦題が付けられていた.
 さて,『全録音』ではなんとつけられていたか…?
 
 
 「四ッ辻ブルーズ」
 
 決して間違ってはいない.非常に正確な訳である.
 しかし,『全録音』リリースはクリームのアルバムより後なのだから,「十字路のブルーズ」で良かったんじゃないか?

2002年06月08日

ちゅうぶるどう

 私は中古レコードをあさるのが好きである.旧譜となると,まず,簡単に見つかりそうなら中古盤が無いかどうかから始まる.
何かを始めるに当たっては何かのきっかけが大抵あるものである.
私の中古レコードあさりはどこから始まったか.
それは高校生の頃にさかのぼる.
当時,渡辺美里が好きで,彼女がパーソナリティを務めていたラジオ番組等は欠かさず聞いていた.
そして,コンサートツアーのサポートメンバーのミュージシャンもゲスト出演することもしばしばあった.
同時に宮原学も好きで,彼の番組も当然聴いていた.
 彼らが相棒として頼り切っていたミュージシャンが,当時からアレンジャー兼ギタリストとして頭角を現し,
現在では大御所アーティストの信頼も厚く,自らも“山弦”で活躍する佐橋佳幸だった.
私は当時,ロックバンドの中での彼のアコースティックギターの使い方が非常に気に入っていた.
エレクトリックギターのプレイでも安定したリズムで,リードプレイは反対に良い意味で荒削り,ワイルドな演奏だった.
それぞれの番組中で佐橋がデビューした頃の話も出ていた.
彼は“UGUISS”という,ヴォーカルに山根栄子を擁したアメリカンロックスタイルのバンドでデビューした.
ところが,デビューアルバムの『UGUISS』をメンバーの誰も所有していないと言うのである.
そういう話を聞くと,そのレコードを聴きたくなるのが人情である.
 “UGUISS”は既に解散しており,年数も経ているので当然廃盤である.中古レコードを探すしか方法はない.
ミナミのアメリカ村や,東心斎橋,キタの大阪駅前ビルなど,めぼしい中古レコード店の密集地はほとんど回ったが見つからなかった.
探しているうちに,横目に入るもので気になるレコードは片端から買っていった.
当時既にCDプレーヤーは所有していたが,何せ,新品CDの1/3以下の価格で盤質良好や新品同様のLPが入手できるのである.
中古で買ったアナログ・レコードやCDの数は増えていったが,当初の目的の“UGUISS”は見つからないまま10年が過ぎ,
中古レコード店巡りのきっかけになったレコードのことなどすっかり忘れていた.
 そのころにはERIC CLAPTONのアルバムなどは,最新から『FIVE LIVE YARD BIRDS』や『What's Shakin'』に至るまで,オリジナルアルバムの95%までがそろっていた.
ところが,ある日,家から自転車でも15分程度のところにある,よく行く中古レコード店の邦ロックコーナーで何か面白そうなのはないかなと,LPを繰っていると,
ジャケットの左上方にペンで手書きしたような“Uguiss”の文字.裏ジャケットには若き日の佐橋佳幸や山根栄子らメンバーの写真.
間違いはない.あまりの驚きに左胸が一瞬痛み,そのレコードを持った両手が軽く震えた.
本人達すらもっていないレコードが,大阪の田舎町の隅にあるような中古レコード店で見つかったのである.
 実に10年越しである.

 他にもアン ルイスのアルバムで,現在は廃盤でチャー・ファンには垂涎の『HEAVY MOON』,CDを一般市場で探すのは非常に困難,
そのため,ネットオークションにかかると万単位の価格が付く.
これが,中古アナログ価格で1600円で普通に並んでいるのである.

 廃盤や品切れになって,欲しいLPやCDが入手できないと諦めてらっしゃる方も多いかと思うが,
ことあるごとに中古店を覗いていれば,何となく見つかってしまうものである.
しかも,見つかることを切望しないことである.一所懸命にならずに気長に,何となく,というだけである.

2002年06月22日

歌姫が聞いて呆れる

 メガヒットを放つ,若い女性歌手,浜崎あゆみ,宇多田ヒカル,倉木麻衣,etc….
彼女らは歌姫などと呼ばれて,誉めそやされている.

本当に彼女らはそんなに歌い手,いや,ヴォーカリストあるいはヴォイス・プレイヤーとして実力があると言えるのか?

浜崎あゆみ:
あるとき早朝のニュース・ワイドショーの芸能コーナーで見たときに彼女が取り上げられていた.
「今までコンサートを行わなかったのは,2時間歌い続けるだけの持久力・体力がなかったから」
ナニ!?そんな女の子が歌姫!?ちゃんちゃら,おかしいわ.
最近は何とか,ステージが出来るようになってはいるらしいが,全国何十箇所というツアーに出るという話は現実的ではないのだろう.
同じ番組の別の日,アジアのどこぞの国のイベントで大会場で歌ったのが流れたこともあった.
非常にしんどそうに歌う姿で,ぼんやりと見ているはずのこっちまでしんどくなる.ラジオやCMで歌声が聞こえてくるだけでしんどい.
本人は,辞めたがっているという話も聞く.早く解放してやったほうがいいんじゃないか.

宇多田ヒカル:
ミュージシャンとして,センスはあるし,リズム感がよく,英語も母国語と言ってもいいくらい幼い頃からの本場仕込.
この3人の中ではもっとも認めたいとはおもうが,無理な音域は使うべきではない.
歌詞などハッキリ言って,声を聞かせるための手段に過ぎないものだから聞き取れる必要はない,と私の意見としてはあるが,
そうは言っても,歌詞付きで歌うからには,言葉が聞き取れる音域が無理なく聞きやすいことに繋がると思う.
意外に音域が狭いじゃないか,というのが結論である.
例の病気が原因でこれに拍車がかかるんじゃないかと心配する.部位が部位だけに.

倉木麻衣:
宇多田ヒカルのパチモンと言われて問題に発展したこともあったが,正直言って私の印象ではそこにも届いていない.
ラジオ等で聞こえてくる限り,全く声量がないコだな,と思っていた.体型もあまりに華奢であるし.
このことをある人に言ったことがあるが,「実際のライブだったらどうかわからない」と言われた.
まあ,私は実践主義なところもあるので,そのときは反論しなかったが,前述の朝の番組で倉木麻衣のライブの様子が流れたことがあった.
やはり,声量が全くない,か細い声なのである.あんなもんヴォーカリストでもなんでもない.カラオケレベルである.


 こんなことを考えるには何かのきっかけが当然あるのだが,北島健二のソロ・アルバム『guitar_pure』のゲストとして参加した,
坪倉唯子の歌声が非常にソウルフルで迫力があったから急に上記のような疑問,不満,憤懣が頭をもたげてきたである.
また,金子マリもアマチュア時代から“下北沢のJANIS JOPLIN”と呼ばれ,低音から高音まで幅広く発声できて,
母国語でもないのに英語の発音もよい,ソウルフルで卓越したリズム感と圧倒的な迫力のある歌声を持つ人である.
さらに宮本“MIMI”典子.日本人でありながら,あの“GRAHAM CENTRAL STATION”のヴォーカリストとして一時期在籍した.
1992年に2枚組ライブアルバムを残しているが,ベースのチョッパー奏法の創始者,LARRY GRAHAMや
“THE BROTHERS JOHNSON”のGEROGE JOHONSONをバックに据えて堂々たるものだった.

 かくいう,私も高校生の頃は,白井貴子や渡辺美里をよく聴いていた.
ちょうど,いわゆるアイドルとロックシンガーの境界線があいまいになっていく兆しが見え始めた頃だった.
しかし,その頃は既に私もギターを弾くようになっていたし,当時の彼女らのサポート・バンドだったCrazy Boysの山田亘や The Lover Soulの佐橋佳幸など
名うてのプレイヤーがいたこともあり,ロック・バンドとしてのまとまりなども注目すべき点だった.
 また,彼女らがパーソナリティを勤めるラジオ番組では,主に海外のロックしかからないので,
私は,これはカッコいいと思ったアーティスト名と曲名をメモしては,レコード店に行ったものだ.
この結果として現在の非常に節操の無い音楽リスナーの私が居るわけである.

 果たして現在このようなことがあるのだろうか….

 …話を戻そう.

 それは金子マリ,坪倉唯子や宮本典子に比べたら上記3人のほうが若いし一般層のとっつきはいいから,
レコードも売れるし,ファッションリーダーとしても取り上げやすいだろう.
そういう面も確かに必要だろう.しかし,それだけでは,お人形さんに過ぎず,ミュージシャン,ヴォーカリストではない.
.
10年前の「踊るポンポコリン」のヒット,B.B.クイーンズなどというなんと人を食った畏れ多いグループ名なんだ!?と憤ったが, その正体が近藤房之助と坪倉唯子とわかった瞬間に“赦す!”と転んだのは誰あろうワタシである.

2002年08月26日

大阪とシカゴ

 なんばHatchで行われた第一回,大阪シカゴ・ブルーズ・フェスティバルの模様が8月10日土曜午後,TV大阪で放送されていた.
 ライブの模様だけでなく,赤井英和をホストに,木村充揮,野毛洋子を交えて
姉妹都市提携を結ぶ,大阪市とシカゴ市のブルーズの似合う街としての類似点も散策しながら紹介していた.
かたや日本で第二の都市,かたやアメリカ東部第二の都市.
東京をにらみながら,あるいはニューヨークをにらみながらの微妙な位置にありながら,独特の味を醸し出す街のカラー.
人なつこい人が多いのも似ており,川が多く古くから食糧の集積地として栄えた経緯も持つ.
大阪弁がブルーズにノリやすいのは,「あほか,あほか」や「ほんまか,ほんまか」など,3連譜に合う言葉が多いからだとか.

 大阪は西淀川区塚本にある,ブルーズクラブ“Howlin' Bar”での木村・野毛のセッションも少し.
ギタリストは,店の紙ナプキンの入ったままのグラスでスライドギターを演奏していた.
大衆音楽なんてそんなものである.その場にあるもので,どんちゃん騒ぐ.それでいいのだ.
コンピュータがないと演奏できないなど,お笑い種である.

 ブルーズの起源は,ワークソングである.
泥まみれ,汗まみれになって仕事をしながら歌うのに気取りはいらない.
 必要なのは週末に繰り出すための一張羅だけ.

 お涙頂戴の演歌とは根本的に違うのである.
ダンスミュージックであり,むしろ,民謡や河内音頭に近いかも知れない.

 形式だけが決まっていて,歌詞の内容など,その時々によって何でもいいのだ.

2002年09月06日

ロックはもはや…

若者の音楽ではなく,中年のためのものになってしまったのか?

ライブハウスがあるのにギター屋が減っていってるっていうことはギター人口も減ってるのか.

流行音楽の主流は今何処にある?

生々しいギターの音色というのも確かに無くなってるような気がする.

2002年10月03日

結局プチ整形だな

サドルをキャストに換えたら当然ながらルックスがやや変わった.
プレスに比べたら剛性が格段に高いから音も変わった.
アタックがコンコンという感じで少し硬い音.
換える前がちょっと甘めのトーンだったからちょうどいいような気もする.
シングルのストラト,特にリアPUの音はブライトな方が好みということもあるし.
サステインも少し伸びたかな.
全体的な印象はアメスタに近くなったかも.

2002年10月23日

不思議なことに

何で今までこのアーティストを聴かなかったのか?と自分でも後悔しきりとなるのが
次から次から湧いてくるわけだが,今回は,ホントに何を今さらなマーカス ミラー.

『M2』と『Ozell Tapes From World Tour』

スラップの音色としては,フェンダーのジャズ・ベースを使っていて硬質でかなり好きなタイプである.
硬質と言っても過度にブライトなわけではなく,低音は,ばっちりズンと効いてる.

どちらも好きだが,プレシジョン・ベースを使ったディスコ系のルイス ジョンソンと好対照でマーカスの方が硬派な感じがする.

ロックよりもファンク/フュージョン,しかもギターよりベースの割合が多くなってきたような気がする今日この頃.

2002年11月14日

ドレミの弊害

 少し前に“絶対音感”なる言葉が,脚光を浴びた.
音楽教室などで,学齢に満たない子供達が英才教育を受けている場面も報道番組などで何度か目にした.

しかし,どうも腑に落ちない.

 先生が,ピアノで音を出し,その音を子供達が「ド」とか「ミ」とかで答えているのである.
ドレミで音を言い表すというのは,果たして正しいのか?決して“絶対音”ではない.
ドレミというのは,あくまで音階であり,音の前後関係を表す,“相対音”のはずではないのか?
西洋音階のスケールで,ミとファ,シとドの間が一音でなく半音であること.これがドレミのはずである.
音階は相対音なので,どの音を「ド」(短調なら「ラ」)に持ってきても成り立つはずである.

 絶対音を言い表すならば,日本語なら,“イ,ロ,ハ”,西洋式なら“A,B,C”という音名で言い表すべきではないのだろうか.
これならば,一応,イ=A=440Hzと決められている(ホール等によって若干変えるらしいが)ので,絶対音と言える.
あとは平均律で音を区切って並べればいい.要するに絶対基準がいるのである.
ハ長調でいうところの「ラ」=イ(A)音であるが,変ニ長調の「ラ」=ハ(C)音である.
バイオリン向けの演奏曲として有名なバッハの「G線上のアリア」,この“G線”は,G音に調律した弦を指すのであって,決して“ソ線”などとは言わない.

 ドレミで言い表すのは,音が無限にありすぎるため,間違いであり,調を限定してしか成り立たないのである.
○調の「ド」などという言い方なら正しいだろう.

 学校の音楽教育でも,この辺をきっちり教えてくれれば,私ももう少し,理論が分かり,音楽の時間も楽しかっただろう.
移調の課題を与えられ,半音上がったり下がったりする理屈が全く分からなかった.
ギターに触れるようになって初めて理解できたのである.
私は譜面が読めるわけでもないし,音楽理論もほとんど知らないが,その程度でも気付く問題なのである.


※私は学問として音楽を修めたわけではなく,あくまで少しだけ得た知識に基づいた疑問なので,平均律と純正調の関係などの質問はご容赦願いたい.
分かっているのは,ギターの場合,フレットは平均律に基づいて打ってあり,ハーモニクス(倍音)は純正調で鳴っているということだけである.

2002年12月02日

やっぱりハードロック好き

まったく,いつまで経っても進歩がないっちゅうか,三つ子の魂百までというか….

先日購入したCD,“CANTA”の『EVERYTHING’S GONNA BE ALRIGHT』
元・聖飢魔IIのルーク篁と雷電湯澤,それとアニメタルのMASAKIのトリオハードロックバンド.
ルークは聖飢魔IIの頃から,美形なんだろうなとは思ってたけど,予想通り,彫りの深い鋭角的な顔立ちで細身のSEXYな男性である.
(この色男がデーモン小暮のオールナイト・ニッポンでオカマしゃべりをしてたかと思うとかなり滑稽)
聖飢魔II時代のソロ『篁』にも収録されていた「REMEMBER FLAME」もリメイクされていて,非常にテンションの高いアルバムですわ.
蛇足ながらレーベルは北島健二氏がレーベルプロデューサーを務める,ミゼットレーベル.

結局,聖飢魔II解散後の元構成員の作品はデーモン小暮以外は全部揃ってしまったことになる.
聖飢魔IIの信者では無かったのに.
ライデン湯沢(雷電湯澤)&ゼノン石川(石川俊介)の“RX”
エース清水(ACE)の“FACE TO ACE”
それと今回のサージェント・ルーク篁三世(LUKE篁)&雷電湯澤の“CANTA”.
HR/HM,ファンク/フュージョン,シティポップと多岐にわたっている.

2003年01月04日

コンポ一部新調

ここ一年くらい,ずっと気になっていた,オーディオの音割れの原因だったスピーカーを新調した.
DENONのSC-A50.実勢価格が一本12,000円である.コストパフォーマンスに優れていてお薦めできる.
スペックは
ウーファー+ツイーター+スーパーツイーターの3way
インピーダンス:6Ω
再生帯域:43~90000Hz
許容入力:80W(EIAJ),120W(PEAK)
音圧:89dB
バイ・ワイアリング接続可

マーカス ミラーの『M2』を再生してびっくりした.スラップ音とベースドラムの音の輪郭がはっきりしていて印象が全く違うのである.
音割れが不快でCDラジカセだと不満で再生するのが億劫だった,20Bits録音のクラシックのCDでも低中域が全く歪まない.
ウーファー口径14cmでもかなりの音圧があって迫力の重低音が出る.
高域の粒立ち,音のセパレーションが良いのでギターやヴァイオリンがよく聴き取れる.

最近リリースされるCDはどれも皆,ラジカセやマイクロコンポでの再生向けに録音レベルを上げるという
過剰なイコライジングと,古いスピーカーはコーンの周辺部が経年劣化(15年)で割れてしまっていたから,これらの相乗効果が音割れの原因だったようである.音量とは無関係でしたから.
これがなかったら多分気づかなかったとは思います.この辺もデジタルサウンドの弊害である.
このスピーカーでアナログ盤はまだ再生していないですが,どう印象が変わるか楽しみである.

特にオーディオマニアというわけではないのである,良質なソフトを楽しむにはそれなりにハードも必要であると考えている.
一説にはスピーカーは“5年が寿命の消耗品”だそうである.

2003年01月15日

バンド名あれこれ

 最近,日本国内のバンドでも,日本語や漢字を使ったバンド名やグループ名にほとんどお目にかからなくなった.
以前は,加納秀人の“外道”,パンタの“頭脳警察”,沖縄のHRバンド“紫”など,貫禄や重厚ささえ感じるものが多かった.

 私が最もこのグループ名はいいと思っているのが石田長生&チャーのアコースティック・デュオ,“バホ”である.
グループ名のロゴとしては,“馬偏に呆”という造字を用いるのだが,江戸のギター馬鹿と浪花のギター阿呆がコンビを組んだ
というグループの特徴を分かり易く言い表していてしかも語呂も非常によいと思う.
 ところが近頃のヒットチャートを駆け上るグループの名前は,非常に薄っぺらに感じる.“名は体を顕し”ていないのである.
英語だけに飽きたらず,少しでも特異性を持たせようと変にドイツ語やフランス語を使ってみたり.無理に辞書調べただけで付け焼き刃ではないのか.
しかし,横文字を使っていても,よく思想を顕しているものも確かにある.しかも難しい単語ではない.
“FENCE OF DEFENSE”がそれである.直訳すると“防御壁”.
ハード・ロック・サウンドの要である音圧や厚みをうまく表しているではないか.それにうまく韻を踏んでいる.
かえって実力のあるミュージシャンによるグループ名の方がシンプルながらもウィットに富んでいるものが多いように思う.

 一方,日本では案外と無いのが,中心人物の名字をそのままグループ名にした例.
Ronnie Montroseの“MONTROSE”,Van Halen兄弟の“VAN HALEN”,John Bon Joviの“BON JOVI”やKipp Wingerの“WINGER”などがそれに当たる.
Alice Cooperの“ALICE COOPER”などというのもあったりする.
GUNS 'N' ROSESは,一説には男性器と女性器の比喩とも言われるが,実際にはVo.のAXL ROSEと当初のG.のTRACII GUNSの二人を中心に結成されたバンドなので人名に由来する.
日本で同様の例は,辛うじて“甲斐バンド”や“KUWATA BAND”があったくらいか.
しかし,これはどちらかというと“Jeff Beck Group”や“Michael Schenker Group”に近いようにも思う.

 また,60年代にはグループ名というと,THE xxSというのが主流であったが,そこに現れたのが,
“CREAM”
御存知のように,Jack Bruce, Ginger Baker & Eric Claptonの伝説のロック・トリオである.
ヴォーカルだけではなく楽器の演奏に重きを置いた,自分たちは単なるポップ・グループではなく,
ジャズ,ブルーズ・シーンの“精粋(Cream)”である.
だから“S”は,要らないのだ,と.

2003年01月23日

Guitar Man

シンコーミュージックムックの「Guitar Man -Edward Van Halen編-」を見かけたので入手した.
第一弾はJimmy Pageだったようなのだが,あんまり私はギタリストとしてのペイジには興味が持てないので見てないが.
彼は,むしろ,ギターの弾けるプロデューサー・アレンジャーという印象である.

内容は,主にYOUNG GUITAR誌の抜粋・再録で,ギターコレクションなど,見たことのある記事もたくさんあったのだが,中でも,付録のDVD-Videoに老舗のVAN HALENコピーバンド,伝説の耕耘機:VON HALENのギタリスト,E.D.(え~で~) VON HALEN氏の奏法解説のヴィデオ・レクチャーがあり,
なかなか興味深いものであったが,いくら完コピといっても「MEAN STREET」イントロのスラップ&タップや,ハミング・バード・ピッキングは,“本物”が『LIVE WITHOUT A NET』や『LIVE:RIGHT HERE, RIGHT NOW』で見られることから,残念ながら,見劣り,聴き劣りがしてしまっていた.
なんとなく,ニュアンスが違って,違和感持ってしまうのである.
やっぱり,近いことはできても,100%真似しきれないところが,Eddieの凄さなのだろう.

2003年04月03日

CREAM BBC SESSION

待望のクリームBBCセッションだが,
パーソナリティよりもEric Claptonの英語が聞き取りやすかったのはなぜだろう.
本来,彼の英語って訛りが強くてKing's Englishとは言い難いので若い頃は恥ずかしがって,
あまりしゃべらなかったと言う話だったはずだが.その反動で現在,非常におしゃべりだとも.

演奏の音質はあんまりよくない.
クリアには違いないけど,シンバルやハットといった高音ばかりが目立って,
いわゆる開放型ヘッドフォンで音漏れして神経に障る帯域(4~8kHz帯)が変に耳に付く.
Jack Bruceのベースはよく聞こえるが,口径がデカイはずのGinger Bakerのベードラがよく聞こえない.
100Hz以下が弱いんだろう.

ラジオ放送がマスターだからしょうがないのか?

2003年06月06日

ピックアップ換装

白のST-314にFender-Lace Sensor Goldを取り付けた.
ST-314は日本製でLace Sensorはアメリカ製なので,ネジの規格がISOとインチで違うため,
ピックガードのネジ孔を少し広げてやる必要があったが,それ以外は半田付けを除き,加工は無用だった.

チューニング等の微調整も含めてすべての作業を終えて眺めてみると,
ポールピースが見えなくなるだけで,随分とルックスが変わってしまうものだな,と改めて思った.
'80年代中期にEクラプトン大師匠がシグネイチャー・ギターのプロトタイプを携えて登場したときには,
それまでのブラッキーをはじめとしたヴィンテージ・ストラトの印象からすると,確かに随分と違和感を覚えたし.

アンプに繋いで音を出してみた(もちろんドライ)印象は,なるほどハムノイズは小さいけど,予想以上に出力が低かった.
第一印象は,「ムスタングに載せたほうが良かったか?」(そうすると一個余ってしまうのだが)
元々ST-314に搭載されていたPUは,ルックスはポールピースに凹凸があるヴィンテージなのだが,
実際にはカレント・タイプなので交換の結果パワーダウンした印象.
しかし,逆に言うとエフェクタを比較的多く接続しても,ノリが良くノイズの増幅が少ないとも言え,
そういう意味では,コントロールしやすくなったと言えるかも.
出力の低さは予想外だったが,エフェクタの使用を狙って白に取り付けたと言うのもある.
だから,出力の面では,GoldでなくBlueかSilverのほうが本来の狙いに,より近かったかも知れない.
Lace Sensorに代わってECシグネイチャーに搭載されたヴィンテージ・ノイズレスは,
USサイクロンで試奏したことがあるが,スタック・タイプということもあり,かなり高出力の印象だった.
Goldはミッドブーストで補正しないと物足りないということか.

2003年06月15日

大暴論

最初に断っておくが,極論である.

過日発表されたライブ映像作品『BAD HOT SHOW』の出来不出来や,チャー&石やんの音楽性に対する好き嫌いは別として,BAHOを面白いと思えない人は,真にポップミュージックの楽しみ方を知らないのではないかと.

王様の日本語直訳ロックが英語を覚えたての中学生の遊びだとしたら,もっと高度な,例えば,スケールの音やリズム形態をちょっといじって,ロックの名曲もスウィング風に変貌させてしまう,
かつてのネタ,"HARD ROZZ"など「知らなければ,面白さが理解できない」という,ある種,古典落語を楽しむときに高度なイマジネーション能力と時代背景を理解する力が要求されるものに似ている気がする.
演奏する側はもちろん,高度な演奏技術とそれまでに築いた実績もさることながら,ウィットに富んだ笑いのセンスも持ち合わせているから,鑑賞する側にもそれを楽しく受け止めるためのバックボーンが要るわけ.
だからといって無理に身につけていては,楽しむということと本末転倒になる.不朽の名作を好きで

2003年06月18日

ハード