欧米とは異なる言語体系をもつ日本では,洋画にしろ,洋楽にしろ,原題に加えて邦題というものが付く.
映画の場合には,作品そのものの時間が長く,台詞は字幕,あるいは吹き替えなので,原題とはかけ離れていても,内容を言い得た邦題がつけられることが多い.
ところが,音楽の場合には,直接歌詞の内容が伝わってきにくい上に,作品の時間が短いために突拍子もない邦題が付けられることが,ままある.
1950~60年代のアメリカン・ポップス全盛期には,やたらと枕詞のように「悲しき○○」という邦題が付けられた.歌詞の内容を見ても全く悲しくも何ともないのに.また,これが“悲しき”とか“涙の”と付くと必ずヒットするのである.なんと日本人と言うのはお涙頂戴が好きな民族なのだろう.
最近では,英語をそのままカタカナ表記にしただけで,邦題らしい邦題が付けられることはめっきり減ってしまった.せいぜい前置詞を省略する程度である.
また,昔の作品で邦題があったものでも現在では邦題が外されていることも多い.例えば,1975年発表のJEFF BECKのフュージョン-インストゥルメンタル路線第一弾『BLOW BY BLOW』.現在レコード店に並んでいるCDにはカタカナで『ブロウ・バイ・ブロウ』と表記されているが,発表当時,『ギター殺人者の凱旋』と名づけられていたのである.歌詞のないインストゥルメンタルで唯一の言葉でこんなブッとんだ邦題がどうやってつくのか名付け親のセンスについて非常に興味深いものがある.もう一例,1983年発表のアメリカン・ハードロック・バンド,NIGHT RANGERのデビュー・アルバム『DAWN PATROL』.これも現在では『ドーン・パトロール』と題されている.当時の邦題は『緊急指令N・R』“RANGER”という単語から連想された邦題だとは思うが,ごたいそうな言葉を選んだものである.さらにデビュー・シングルとしてカットされたのが「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」,邦題が「炎の彼方」これはマイナー気味の曲調ででスピード感のある曲だから百歩譲って良しとするか.
とにかく'70~'80年代のハードロック系はこの手のネタには事欠かない.最も笑わせてくれるのが,VAN HALENだろう.列記してみよう.
『VAN HALEN』→『炎の導火線』
「ERUPTION」→「暗闇の爆撃」
「AIN'T TALKIN' 'BOUT LOVE」→「叶わぬ賭け」
『VAN HALEN II』→『伝説の爆撃機』
『Women and Children First』→『暗黒の掟』
「COULD THIS BE MAGIC?」→「戦慄の悪夢」
なんの脈絡があるのか,はたまた,名づけた人は事前に歌詞を読んだり,曲を聴いたりしたのか,特に「COULD THIS BE MAGIC?」などは可愛らしい,JAZZYな曲調なのである.それが「戦慄の悪夢」とは….
もう一題.伝説のブルーズマン,ROBERT JOHNSON.彼の活動したホンの数年のうちの全録音,29曲,41テイクを収めたCD2枚組の『THE COMPLETE RECORDINGS(全録音)』.この各収録曲にも逐一邦題が付けられている.「○○のブルーズ」というのが基調である.それはいい.しかし,なんともトホホな邦題がつけられてしまっている曲がある.しかもROBERT JOHNSONを象徴する曲であり,ERIC CLAPTONのCREAMでの名演でも有名な「CROSS ROAD BLUES」である.CREAMの『WHEELS OF FIRE-クリームの素晴らしき世界』(この邦題も如何なものかと思うが)では「CROSS ROAD」→「十字路」という邦題が付けられていた.
さて,『全録音』ではなんとつけられていたか…?
「四ッ辻ブルーズ」
決して間違ってはいない.非常に正確な訳である.
しかし,『全録音』リリースはクリームのアルバムより後なのだから,「十字路のブルーズ」で良かったんじゃないか?