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2001年12月 アーカイブ

2001年12月 6日

UNPLUGGED

この言葉が安易に使われるようになったのはいつからだろうか。
やはり、エリック・クラプトンのあのアルバムの大ヒット以降か。
昨今の日本での、2度とは来ないだろうと思っていた、フォークブームにも少なからず影響はあるだろう。

もともとの『MTV UNPLUGGED』というTV番組の音源がレコードとして発表されたのは、ニール・ヤングだったか、ポール・マッカートニーだったと思う。しかも題は「公式海賊盤」。

当初の企画は斬新で意義もあったと思う。
特にクラプトンのそれなどは、これまで、伝記等ではギターをはじめた10代半ばの頃にロバート・ジョンソンなどのデルタ・ブルーズをコピーしていたと書かれていたが、クラプトンが実際に生ギターでブルーズを原形に近い形で演奏したのは貴重である。

なのにである。

「Tears in Heaven」のヒットである。濃い目のファンの私としては何をいまさらと思ったものだ。
かの曲は『UNPLUGGED』ではなく、サウンドトラック『RUSH』がスタジオ盤のオリジナルである。
それにオクターブ落とした、Jazzyな「Layla」。これも貴重とは思ったが、のちのツアーではずっとこのパターン。
あの激しい、親友の妻との不倫の恋を歌ったラブソングが、こんなに落ち着いてよいものか!?と思った。
オリジナルの形で声が出ないのなら、やらないほうがマシと思った。

大ヒットで非常に陳腐な作品に成り下がってしまったように思えてならない。
当人も気に入っておらず、リリースを渋ったらしい。しかし、当人が気に入らない作品に限って売れてしまうのは皮肉なハナシである。


最近では、UNPLUGGEDと謳いながら、プラグインしてたり、訳がわからない。

最近街を歩くと、レコード店店頭などで宇多田ヒカルの『UNPLUGGED』がデモで流されていることが多い。
しかし、耳に入ってくるのを聞いて、「これはアンプラグドなのか?」と思った。
リズムが打ち込みではないのか?はたまた、アンプラグドらしさは出ているのか?

話をクラプトンに戻そう。

あのライブアルバムは、ロック(エレキ)・ギターの"神"エリック・クラプトンが生ギターで自分のルーツに戻ったのを、
耳にまた目の当たりにできるのが貴重なのである。
「Tears in Heaven」ではない。この曲を聴いて感動する若い女性が大勢いるであろうが、とんでもない話である。

クラプトンのようなギターを弾き、歌いたいとは思うが、人生まで真似しようとは思わない。
ヤク中でアル中、それ以前に女たらし。
世界一キツイ煙草、"Rothmans"を喫う。
今は禁煙しているが、なんともその理由が彼らしい。
「女の子とロマンティックな気分になってるのに痰が絡んで興ざめだから」だそうである。

最後まで残った病気は女癖の悪さのようである。

2001年12月10日

不遇の(?)ギタリスト

先ごろ(10/24)、4thソロアルバム『guitar_pure』を発表した、北島健二。

特別に売りの特殊テクニックなどは持っていないが、非常に特徴のあるギターを弾く人である。
印象的なリフ・ワーク、切り込むような鋭いリードプレイ。
ジェフ・ベックがスケベになったようなギターを弾くと評した人がいたらしい。

知る人ぞ知る日本のハードロックギターのカリズマである。

レコードデビューは高校時代の同級生の織田哲郎とともに"9th Image"で。
"WHY"解散後、数々のサポートなどで売れっ子セッションギタリストとして名を馳せつつ、2枚のソロアルバムを発表した。
れっきとしたバンドのセッションにも多数参加しているので、そのバンドのギタリストが弾いていると思っていたら、
実は北島健二のギターだったということが多々あるのである。例えばプリンセス・プリンセス。

数年後、出たがりのマネージャー、Y氏の企てにより、ドラマーの山田亘、ベーシストの西村麻聡とともに
デジタル・ビートを取り入れたハードロックバンド"FENCE OF DEFENSE"が結成された。

それに目を付けたのが小室哲哉。
今でこそ、自分の限られた手持ちフレーズの順列・組み合わせだけで曲を書き、
まともなオーディションで次点どまりの女の子の実力を上げ底した挙句、ポイ捨てにしている印象しかないが、
'84~'86年当時、TMネットワークでは、実験的なサウンドメイキングを試みていた。
FOD丸抱えでツアーサポートに使おうとしていたが、北島が余りにセッションワークで多忙なため、実現しなかった。
そこで北島は自分の代わりを紹介した。「あいつ、なかなかいいよ~」当時、浜田麻里などのサポートを勤めていた松本孝弘である。

FODのレコードデビューが具体的に進むにつれ、西村もFODに専念するため、TMのサポートから抜けた。
TMネットワークの人気がブレイクしたのがその後である。
TMの人気とともに松本孝弘の人気も上がっていき、インストゥルメンタルのソロアルバムも発表し、B'zも始動した。

一方、FODは一定の人気は保っていたものの、パッとした人気は出ないまま現在活動休止状態である。
3人とも両手が塞がって派手なライブパフォーマンスができなかったこともあるかも知れないし、
自称"重くて暗いバンド"だったせいもあるかも知れない。

ここ数年は、田村"SHO-TA"直美のプロジェクト、"PEARL"にカーマイン・アピスらとともに参加したり、
2年前に3rdソロ、『WILD FLOWeR』を発表。この作品では自らも積極的に歌っていたが、ギターの片手間という印象は拭えなかった。
しかし、今回の4thソロでは、すべての楽器をこなし、ゲストヴォーカルに坪倉唯子を迎えているものの、見違えるほどヴォーカルは力強くなっている。

声を大にして言いたい。

サウンド・メイキング、リズム感、プレイ・センス。全てにおいて松本孝弘なんぞより格段に上である。

実力と人気が比例しない好例である。

余談:
機材倉庫にある私のオリジナル・ストラトに搭載しているハムバッキング・ピックアップ、
ESP LH-200は、北島健二がヤマハとエンドースする前に使用していたことで有名である。

2001年12月13日

「ヤングマン」

このタイトルを聞くと西城秀樹の代表曲を思い出される向きも多いことと思う。
もうすでに20年以上の時が流れているが、小学生でも知っているのではないだろうか。
はつらつとした“若者賛歌”であるのは誰もが認めることであろう。

少し知っている方ならば、この曲がオリジナルでなく、'70年代末期のディスコブームのときに
“Village Peaple”なるディスコバンドが飛ばしたヒット曲のカバーであることが思い出されるであろう。

この曲、原題を「YMCA」という。そのくらいはご存知だろう。歌番組では「ヤングマン(YMCA)」と字幕が出ていたはずである。
そもそもYMCAとは、Young Men's Cristian Associationの略である。
日本では、英会話教室などで有名であり、アメリカ合衆国各地にはYMCAが主宰するユースホステルも数多く存在する。
それが何ゆえに、ディスコという歓楽街に存在する娯楽施設で流れる曲のテーマになるのか?

これは、レコードのライナーノーツに書かれていたことであり、ゴシップでもなんでもない。
名前は失念してしまったが、Village Peapleのリーダーは、ゲイのパリジャンなのである。また自分がゲイであることを誇りにしていた。
そして、YMCAのユースホステルは同性愛者が集うということが、ある筋では公然の秘密となっている。

「ヤングマン」のサビは“素晴らしいYMCA♪”である。
一方、「YMCA」の原詞では“Let's Go to Stay at the YMCA♪”なのである。

もうお分かりだろう。
この曲は若者賛歌でもなんでもない。
『同性愛者同志諸君!YMCAに集おうではないか!!』
という内容なのである。

私はこのことで何人もの友人に軽いショックを味わわせてきた。話のネタにはもってこいである。
国内の音楽しか聞かない友人を相手にしたときの楽しみの一つである。

海外のロックなどを聴いていると、こういう(悪趣味な)楽しみも一つ加わるのである。

ちなみにVillage Peapleには、「In the NAVY」という曲もある。NAVYとは海軍である。
(この曲もピンク・レディが「ピンク・タイフーン」としてカバーした)
発表された当時は合衆国国内でも、ベトナム戦争の反省もあり、戦争賛美曲である、と、かなり非難されたが、
真の意味は、もう解説するまでもないだろう。

2001年12月21日

自分の定規でしか他人を測れない

元アナウンサーのタレント、F舘I郎氏。
軽妙な語り口と切り返し、ボキャブラリとレディメイドでない言葉の組み合わせがよどみなく発せられる。
決して嫌いではない。仕切りはさすがのものだと思う。

しかし、嫌いな点が2点ほどある。
ひとつめ
モータースポーツの実況をやっても、マラソンの実況をやってもプロレスの実況にしか聞こえない。
実況アナウンスの仕方が下品なのである。自分の確立した方法論のみに頼っている。

格闘技というのは、見世物として解釈した場合、膠着状態と激しく展開するときの緩急のコントラストが面白いと思っている。

ところがレース物は、究極的には、誰が前を走っているか、ここに帰着すると思う。
このような特性を持つ競技でプロレス調の実況アナウンスをやられてはたまらない。けたたましいだけである。

ふたつめ
この発言で、この人の見識の偏り、独り善がりの程度がわかった。
ボキャブラリは豊富かもしれないが味覚に対しては貧困である。自分の了見の狭さをさらけ出して恥ずかしくないのか?
その発言とは、
「コーヒーをブラックで飲むヤツの気が知れない。本当に旨いと思っているとは思えない。カッコつけてるだけにしか見えない。」
これは、何度となく発せられている。それをTVを通してリアルタイムで何度も聴いている。

私は基本的には良い珈琲はブラックで喫みきってしまう。いくら濃い珈琲でも。
いや、良い珈琲ならば濃い珈琲ほどブラックで喫むべきである。本来、お茶に味付けするなんて日本人の概念には無いはず。
(珈琲講座にも書いたが、匂いだけですぐに見切って一口もせずにクリームを入れるコーヒーがほとんどであるが。)
いくら言っても、ましてやこんな個人サイトでは、犬の遠吠えで、かつ馬の耳に念仏であるが、F舘氏には言いたい。
「良い珈琲喫んでみろ!そんな店いくらでも紹介してやる。それからブラックコーヒー云々しろ!」

2001年12月24日

パクリかオマージュか?

さて,これはどう判断するか?そのミュージシャンの態度によるだろう.

例えば,佐野元春の名曲「SOMEDAY」はブルース・スプリングスティーンの「HUNGRY HEART」にそっくりと言われている.
また,スタイル・カウンシルにそっくりの曲もある.
でも,パクリとは呼ばない.これは,「この人の音楽に感動を覚えました.」という態度が読み取れる.
ラジオやインタビューでそれとなく宣言されているのである.

また,CHARの曲にもジミ・ヘンドリックスの「FOXY LADY」に良く似た「FINGER」や「FIRE」に似た「FEEL THE GROOVE」と言うのもあるが,CHARのファンの大半は,ジミヘンなど常識的に聴いている.だから,パクリとは解釈しない.
わかりきっていることであり,アーティストとファンの同意が無言のうちに取れているのである.
それにパクリどころか「MANIC DEPRESSION」などのカバーもライブでは披露するほどである.
逆にパクリと言うほうが,認識不足を指摘されて恥をかくだけである.

では,パクリと解釈するのはどんな場合かと言うと,80年代の前半,米のHRバンド"NIGHT RANGER"のデビュー曲「DON'T TELL ME YOU LOVE ME」のイントロのパターンがシブがき隊の曲でまるまる使われた.
来日を招聘したイベンターは青くなってメンバーに聞かせないようにピリピリしていたらしい.
実は,その前にすでに知っていて,ジョークにしていたらしいが.
最近では朝娘。の曲に書いたのがまともに70年代末のディスコのパクリである,つんくである.
要するに主だったリスナー層が知ってるか知らないかを意識しているかどうかで「どうせ知らないんだから,使ってやれ」というあざとさが見えるかどうか,これに尽きる.
B'zの曲にしても,リスナーがLED ZEPPELINやDEEP PURPLEに遡るのか?というところで分かれるだろう.

隠れたパクリの名手が大滝詠一である.
こんなエピソードがある.とある自他ともに通と認める音楽ライターが大滝詠一に意を決して恐る恐る尋ねた.
「あの~,大滝さん,今度の新作のあの曲って,○○の××と●●の△△とをパクッてませんか?」
答えた大滝詠一のたまわく,
「あれ?二曲しか分かんなかった?」
実は,もっとパクッてたのである.彼のほうが上手である.
しかし,重箱の隅を突付くごとくマニアックすぎて,さしものライター氏も分からなかったのである.
ここまでやれば,立派である.ある種,パクリとはこうあるべきかもしれない.

恐るべし,大滝詠一.
つんくも有名どころをパクッてないで,彼を見習え!

2001年12月27日

BLUES MUSIC

12/26深夜フジTVで『the roots of music Vol.1 BLUES』という番組が放送された(関西TVではあったのだろうか).
なかなか,興味深く見ていた.

ココ10年ほどで「気分はブルー」などという言い回しもすっかり定着したが,なぜ,憂鬱だとブルー(Blue)=青かご存知だろうか.

アメリカ南部,奴隷制が厳然と存在した時代,農場でアフリカから連れて来られた黒人たちは働かされていた.
晴れたら過酷な労働が待っている.「忌々しい青空め 」というわけである.

この言い回しをするヤツに限ってBLUESなど聴かないのが腹立たしいが.

ちなみにブルースではなく,ブルーズと発音するのが正しい.

意外な組み合わせ

私の高校生時代からの友人“河内の貴公子”に教えてもらって町田の馬肉料理専門店「柿島屋」に東京に来て間も無い頃に行った.
そこで“コーヒー焼酎”なる怪しげなるものが.
興味本位で頼んでみたら,びっくりしたのがウマイ.
ミュンヒのスパルタンに似た,さわやかな苦味.
これは,意外な拾い物である.

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