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火怨・北の英雄アテルイ伝

NHK-BSで1月,同総合で4月に放送された全3時間の時代劇である.
録画してあったのをようやく見終えた.
当ブログをずっとお読みいただいている方には,私が高橋克彦氏作の東北歴史小説のファンであることをご存知であると思う.
東日本大震災復興への応援として,「火怨-北の耀星アテルイ-」がドラマ化されると聞いて期待もしたが,正直見終わって落胆のため息しか出なかった.
番組BBSを見てみるとそれなりに好評価も多いようだが,そういう方の書き振りを見るに原作を読んでいないように見受けられる.
私にとっては原作のスケール,読者の裏をかく演出をはじめ,あらゆることが不満である.

まずは,朝廷の陸奥に対する支配を強めようとする理由が薄弱であり,また逆に蝦夷が反抗する理由も描かれ方が薄弱である.
物語の事の発端である宝亀の乱に至る過程が単純に伊治呰麻呂が阿弖流為にほだされただけのように思える.
阿弖流為と母礼による蝦夷軍組織,周到な戦術,また,坂上田村麻呂の懐柔戦略の進め方などが全く説明不足である.
終末近くの蝦夷の長たちの離脱と朝廷への帰順も阿弖流為を見限ったかのようで,結局,人望がなかっただけのように見える.
呰麻呂も阿弖流為もあまり先のことを考えていなかったような印象しか受けない.
原作ではそうではない.田村麻呂の人物を見込み,蝦夷が生き残る方策として離脱させていったのである.
歴史的史料は『続日本紀』くらいしか文献がないのだから事実はわからない.しかし,原作を「火怨」とし,題名にもそう記してあるのだから原作の精神を垣間見せて欲しい.
出来上がったドラマは単にモチーフとして取り上げた全く別の物語であった.それならば「火怨」にしなくてもよかったのではないか.
原作にはなかったが,唯一,評価できるとすれば,製鉄・製刀に必要な木炭のために,山は伐られ,川は流出した金気(かなけ)で魚が死に,美しい故郷を守るために荒れてしまった矛盾に阿弖流為自身が気づいても見過ごしてしまった反省が描かれたことである.

NHKの製作なのだから,同じ高橋克彦作の1993年度の大河ドラマ「炎立つ」につながるような演出を期待していたのである.実際,「炎立つ」には精神的な背骨として阿弖流為が登場する.
平安時代末期を舞台とした「炎立つ」では,安倍氏・奥藤原氏の後ろ盾として,『平治物語』『平家物語』『義経記』『源平盛衰記』などに登場する“金売り吉次”を中央で政争に敗れた物部氏の末裔としている.
奈良・平安時代初期を舞台とした「風の陣」「火怨」でも同様に蝦夷の後ろ盾として,軍用馬と黄金,製鉄の根拠として物部氏がある.
ドラマ化された「アテルイ伝」には物部氏は登場しない.ただ,陸奥馬の養育になぜか大伴氏が携わっていた.
物部氏に蝦夷の財力と技術の根拠を求めるのは偽書と結論されている「東日流外三郡誌」が下敷きになっていることを憚った結果なのか.

映像化するのならば,高橋崇氏や高橋富雄氏といった研究者の監修を得て,本当の意味の“大河”ドラマとして「風の陣」から「火怨」に至るまで,主人公を道嶋嶋足,伊治呰麻呂,阿弖流為と変えながら2,3年懸けて壮大にやってほしいものである

番組公式サイト

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2013年5月30日 22:47に投稿されたエントリーのページです。

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