イカ・タコ
空に揚げる凧は現在“タコ”と発音する.これが本来“イカ”だったことをご存じだろうか.
おそらく,にわかには信じがたいかと思うが,本当である.
戦後しばらくまで存命だった,私の曾々祖父がハッキリと言っていたと父に聞いているし,
祖父も「昔はそう言っていた」と言ったのを聞いたことがある.
そもそも“くだらない”物というのはどういう物かというと,
江戸では,もともと上方(京・大坂)からもたらされた物を“下りもの”といい,高値で取引されて喜ばれた.
それ以外の地方からもたらされたものを“下りもの”の対語として“下らないもの”と流通の方向で差別していたわけである.
舶来志向やブランド志向の原形かも知れない.
現在は遷都され,経済・文化の中心は東京にあるので,大阪が東京に対抗している図式ができあがっているが,江戸時代は逆.
実質的な政治だけが江戸で執られていたものの,朝廷が厳然と存在し文化の中心は上方にあった.
“上洛”,“下向”,和宮妃の“降嫁”という言葉がそれを表している.
方向は逆になったが,交通の“上り下り”,“上京”といった言葉と発想は同じである.
前置き的な解説をこれぐらいしておけばもうおわかりかと思う.
和凧の形状は,奴凧や蝉凧等あるが,四角いものが基本である.で,安定のために足が付いている.
平べったく干物にした蛸と烏賊どちらの方が形が近いかというと,丸みを帯びた蛸よりも角張った烏賊だろう.
上方で“イカ”と称して遊んでいた玩具を江戸ではそれに対抗して“タコ”と称していた.
明治新政府樹立後,東京の山の手の言葉を基本に標準語が作られたので“凧”の読み方は“タコ”と固定されたのである.
国語辞典で“凧〈たこ〉”を引くと最後に「いか(のぼり)」と明記されている.
こういった,生活・風俗を表す言葉の語源などは,ハッキリした意味がなく,スラング的に発生するので,
遡ってたどってみると意外な物にぶち当たるものである.