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2005年1月 アーカイブ

2005年1月 2日

正月に思う

世間でもよく言われているが,年々正月情緒が失われているように思う.
あまりに世の中便利になりすぎである.だから普段と印象が変わらなくなってくる.
正月は休むもの.おせち料理は,家事をサボるために比較的日持ちする質素なものなのである.
古来から正月はかきいれどきとされている商売は別として,
ユダヤ教のサバトのようにせめて元日だけでも労働活動はすべて活動をとめるべきではないか.

2005年1月 9日

パターンを打ち破って欲しい

本日より2005年のNHK大河ドラマ「義経」が開始となるが,これまで何度か書いてきたとおり,私は奥州藤原氏にシンパシーを感じているので,
源義経が描かれる際にはその最期で必ずと言ってよいほど四代泰衡が悪者にされてしまうところが気に入らない.義経北行伝説を支持したいほどである.
宮尾登美子氏の原作本は読んでいないので紋切り型のことも言えないが,吾妻鏡の記述に沿っていれば今までと同様の描き方になるのは必至である.

義経北行伝説によって産み落とされた史跡も多々あるのである.義顕(義経)一行に風呂を貸したといういわれのある“風呂”家や地元では“判官”さんと呼ばれている箱石家本家など逃亡の道すがら立ち寄った故事にちなんだ民家が多数ある.
渡島(北海道)から大陸に渡ってチンギス ハンとして活躍したなどというのは荒唐無稽過ぎるにしても少なくとも津軽海峡までは辿り付いたのではないかと思いたい.
何故なら,三厩と竜飛崎という地名がそれである.
竜飛崎というのは義顕が竜馬(西洋のペガススのようなもの?)に乗り渡島に渡ったことから付いた地名であると言われているからである.
そしてその竜馬の厩があったので三厩.
そこまでは,点在しているわけではなく時系列に非常に系統だった旅程なのである.

奥州藤原四代泰衡が鎌倉から義顕の身柄あるいは首級を催促されても,のらくらとしていたのはこの時間稼ぎだったのではないか.
鎌倉に時代の流れが味方し,それに抗うことは出来ないことを既に悟っていたのである.
何より,衣川で討ち取られたとされた義顕の首級は,頼朝の首実検を経ずに海に打ち棄てられているのである.
酒漬けで運ばれたとはいえ,焼け焦げた上に腐乱が激しく確認できなくなる夏季を選んだのが泰衡なのではないか.
鎌倉も平泉もそれが義顕の首級であろうがなかろうがどうでも良い,単なる駆け引きのためのポーズに過ぎなかったのではないだろうか.
もはや,いつでも攻め入って来いという泰衡から頼朝への合図だったのかもしれない.

とまあ,吾妻鏡の記述どおりでもこのくらいの解釈はできるはずなのである.
庶子とはいえ武勇に秀でた長男の国衡をさしおいて平泉の御館(みたち)に選ばれたのが泰衡である.
一般的に描かれてきたような腰抜けではあるまい.

2005年1月15日

読むつもりの歴史小説

先日,仕事帰りに書店に寄ると,少し探していた「まほろばの疾風(かぜ)」(熊谷達也著)の文庫本が歴史小説フェアということで平積みになっていた.
とともに「風の陣-天命編」(高橋克彦著)も昨年暮に出版されていたようで,とりあえず購入だけはした.
「炎立つ」から10年以上になるが,古代奥羽地方の歴史に対する興味は未だに尽きない.

さて,「まほろばの疾風」は少し読み始めたところである.この作品の主人公は,大墓公阿弖流為,つまり高橋克彦氏の「火怨」と同じ人物を描いていることになる.
「風の陣」は第一巻である立志編から新刊書で読みつづけている.「火怨」「まほろばの疾風」の舞台となる時代の数十年前である.
「風の陣」には征夷三十八年戦争の発端となる人物,伊治鮮麻呂も登場している.
作家の解釈と創作によって人物像や背景が若干異なるのは当然のことであるが,
時間軸で言うと,既に道嶋嶋足(「風の陣」主人公)のような人物を輩出しているにも関わらず,
まだまだ導入部と言えど,熊谷氏の描き様は,あまりに奥羽を文明の立ち遅れた土地としているような気がしてならない.
もちろん,一般民衆の生活はそうかもしれないが,何万という朝廷軍に立ち向かうだけの智略を備えた人物が領袖となる人々である.
族長候補レベルの若者が,自ら山中で捕らえた熊を解体してその場で鮮血を飲むようなことをするのであろうか.

高橋氏は,おそらく「風の陣」と「火怨」を矛盾無く繋がった物語とするのではないかと期待しているが,
熊谷氏は,既に繋がっていないようである,伊治鮮麻呂を描いた「荒蝦夷(あらえみし)」(文庫化されてから読もうと思う)では,阿弖流為の人物像が全く違うということである.

何にせよ,本筋に入っていくのはこれからである.
読後に「火怨」と「まほろばの疾風」の作品比較を行ってみたいと考えている.

2005年1月21日

一芸名人

2004年の若手ピン芸人でもっとも注目されたのは,言わずとしれた“ギター侍”こと波田陽区だろうが,
早速,今年一年もたずに飽きられるだろうとも言われている.しかも,かなり世代的にピンポイントの受け方である.
しかし,似たような芸のスタイルでベテランで長く続けている人も考えてみればいるのである.
“なんでかフラメンコ”の堺すすむやウクレレ漫談の牧伸二.
この二人の芸は,かなり普遍的でいつ聞いても面白いと思える.
私は個人的好みとして波田陽区の芸は面白いとは思えないが,
しかし,忘れられようがどうしようが続けてさえいれば,
堺すすむ,牧伸二クラスになるのではないだろうかと思っている.
いや,むしろ,ポッと出のピン芸人として消えて行くのではなく,改めてどちらかに師事したらどうかと思う.
そうすれば,いつの時代にもどの世代にも通じる,“ギター侍”が誕生するのではないだろうか.

徒弟制度というのは時代にそぐわないと思われがちであるが,やはり,弟子時代を経験した芸人は底力があるように思う.
違う見方をすると,弟子時代で芸人として既に淘汰されてしまうが故に残って行くとも言えるかもしれないが.

2005年1月25日

「火怨」と「まほろばの疾風」

「まほろばの疾風」(熊谷達也著)を読了した.
同じ阿弖流為(アテルイ)を主人公に据えた「火怨」(高橋克彦著)と比べると熱さは欠けるように感じた.
三十八年戦争の顛末を追うだけならば,史料を繙けばよい.
しかし,この物足りなさは何なのか?背景が希薄なような気がするのである.
私が少々気に入らないのは,蝦夷(えみし)=アイヌという前提で進みすぎなのではないか,と言う点である.
アイヌ文化は少なからず持っていただろうが,
人類学的にはヤマト民族と大きく変わらないのが蝦夷という存在であるというのが大方の見解となっている.
同じ蝦夷という文字であるが,エミシ≠エゾなのである.
阿弖流為の参謀的役割を務めた母礼(モレ)を単純に母の字を当てているからといって女性とするのも少々安直な気がした.
熊谷氏は,国家としての政治体制が確立していないが故に大和朝廷に破れたというスタンスを取っているが,
そのあやふやな原始的組織に対して海を隔てた渤海国が交渉相手としうるのかという疑問も残る.
また,朝廷の征東・征夷の発端となった,金の産出,機能的な刀剣,大柄で良質な軍用馬などなどの技術的根拠がないのである.
「火怨」では,これらの根拠を蘇我氏との政争に敗れて奥羽に逃れた物部氏の末裔に求めている.
それは,他の高橋氏の古代東北を舞台にした「炎立つ」「風の陣」も一貫して「東日流外三郡誌」を下敷きにしているからである.
「東日流外三郡誌」は偽書の烙印が押されており,全面的に肯定するわけにもいかないが,その精神は決して否定する物ではないと思う.
口頭伝承を近世になって文書化した物かもしれない.

そして,共通して描かれたのは,阿弖流為が最後まで貫いた蝦夷としての誇り,民衆への心遣いと敵将・坂上田村麻呂への信頼である.
物語には描かれていないが,阿弖流為と母礼の処刑の後,清水寺を蝦夷供養の拠り所としたことが田村麻呂の思いを表しているだろう.

2005年1月28日

ホワイトブルーズの最高峰

言わずとしれた,Eric Claptonである.
先日発表されたばかりの新譜『Robert J. Sessions』を聴いた.
前作『Me & Mr. Johnson』に引き続いて,伝説のブルーズマン,Robert Johnsonのフルカバーアルバムである.
ここ最近は,映画の主題歌やSMAPへの曲提供など,ロックギターやブルーズに興味のない一般層にもアピールするような活動が多いが,
10年前の『From The Cradle』はともかく,今作・前作のようにディープなブルーズのカバーなど,そんな一般層に理解できるのだろうか.
恐らく,二十歳そこそこで"CLAPTON IS GOD!"と祭りあげられたこと,その延長上にある嵐のように過ぎ去ったCREAMの活動など知らない人がほとんどではないだろうか.
私が聴き始めたのは世代的な理由から1980年代後半からなので,もちろんBLUES BREAKERSやCREAMの頃はリアルタイムで知らない.
しかし,最初に耳にしたのはCREAMであったし,「ロックギターの基礎テクニックを確立した人」という認識であった.
だから,ここしばらくの,ルーツミュージックであるブルーズへの回帰というのは,その他の活動は気に入らないと思いながらも同時に彼の真骨頂であると思っている.
その私が聴き始めた頃は,『August』と『Journey Man』の間の時期であり,ギター雑誌のインタビューで「次はブルーズアルバムを作るよ」との言葉に期待しながら裏切られ続けていた.
レコード会社との葛藤が続いていたのだろう.
だから,表裏一体でありながらも現在の状態は古くからのファンにとっても純粋に音楽的な部分においては,幸せな状態なのではないかと思う.
そして,一般層には,オリジナルであるRobert Johnsonにも遡ってみてもらいたいと強く思う.

Robert Johnsonはミシシッピ・デルタのとある四辻(Cross Roads)上で悪魔に魂を売り,ブルーズの技巧を手に入れたという.
“BLUES=悪魔の音楽”であり,その悪魔に魅入られたEric Claptonが若くしてその技巧ゆえ“神”と呼ばれ,
CREAMの十字路(Cross Roads)が名演中の名演と評価されたというのも何とも皮肉な比喩である.

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