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2008年3月 アーカイブ

2008年3月 6日

荒蝦夷・熊谷達也著

文庫化を待っていた作品である.

三十八年戦争の発端となる伊治公呰麻呂が主人公で,クライマックスはいわゆる“呰麻呂の乱”である.
熊谷達也氏の前作としてはその三十八年戦争の中心人物となる大墓公阿弖流為を主人公に据えた「まほろばの疾風」があったが,作品としてはこの「荒蝦夷」と関連は全くない.
その辺りが,同時代を描いた高橋克彦氏の「火怨」「風の陣」に比べて見劣りがするように思う.俘囚,蝦夷の生活様式については熊谷氏のほうがそれらしいのかも知れないが.
宮本武蔵を題材にしても吉川英治とその他ではまったく描きようが違うことと似ている.実際のところ同時代に生きたからといって,沢庵や本阿弥光悦と交流があったかどうかは信憑性に薄いと考え
ている.
作家によって各々どう解釈して創作を進めるかということであり,仮説がこうだったら物語はこう進むということであらすじが決まるのだろう.

史料の上では,この伊治呰麻呂はまったく謎の人物である.乱を起こしたあとの消息が全く知れない.
俘囚長で多賀城の「夷を以て夷を制す」政策に利用されていたこと,乱の際に,按擦使・紀広純,陸奥国造・道嶋大楯を殺害することくらいしかわからない.
史料にある,大楯が呰麻呂に対して蔑むような冗談を言ったようなことは本作には出てこない.
人物像としては,冷徹で残虐な策士で,かつ,民衆・兵には人望厚く慕われていることが,前半は遠田押人,後半は道嶋御楯の目を通して描かれる.
この辺りの時代の歴史小説を読むと必ず前後関係がわからなくなってしまうので,必ず高橋富雄氏などの論著を読んで史実上の前後関係を再確認しなければならなくなる.
しかし,現在以上に歴史学,考古学的に劇的な進展が期待はできそうにないので,このような歴史小説を読んで思いを馳せるよりほかないのだ.

2008年3月18日

地の利だけではない

3月17日付朝日新聞夕刊の芸能欄で梅田花月の昼を落語定席にした,うめだ花月花形寄席(花花寄席)が開かれるようになって2週間の記事があった.
初日は満席になったのに,あとは空席が目立つらしい.
天満天神繁昌亭のキャパシティは梅田花月よりも若干大きいくらいだが繁昌亭昼席は相変わらず盛況だという.
交通のことを考えると明らかに梅田のほうがターミナルなのでよいはずである.
松竹と吉本の新喜劇を比べればわかるが吉本興業は下衆な流行は作れても正統的な芸を売るのは下手なのではないかと思う.
文枝,林家,仁鶴一門を持っているのにもったいないことである.
松竹芸能は吉本興業の後塵を拝しているような印象だが,松竹新喜劇,春団治一門,笑福亭一門と,なんといっても上方歌舞伎を持っているのである.
とは言ってもミナミのメインストリートである道頓堀に陣取っていながらそれを生かし切れず,浪花座,中座,角座次々整理に追い込まれている現状にあるのも確かである.
どっちもどっちなのか.

2008年3月29日

ちりとてちん:その四

とうとう,終わってしまったな,というのが正直な感想である.しばらくは空虚感を持ってしまうと思う.
連ドラなので当然ながら始まりも終わりも最初から決まっているのであるが.

ここまではまり込んで見た朝ドラはかつてなかった.
私自身のタイミングとしては上方落語に本格的な興味を持って数年,定番の古典落語百数十の概略くらいは説明できるようになり,もっとも知識欲が深い頃である.
加えて朝ドラのヒロインの定義から外れた人物像が空々しくなくて共感と感情移入がしやすかった.
この作品ファンの大多数も同様ではないだろうか.
それから,感動的なシーンで盛り上げてその週が終わっても絶対に次の週の冒頭ですっとーんと鉛直下向きに落とされる.
90年代初頭に急展開のドラマを指して“ジェットコースター”と称したことがあったが,これはまさしくジェットコースターである.
第13週の最後,年末最後の放送で大晦日の除夜の鐘が鳴り終わった後,草々が壁を蹴破って喜代美を抱きしめ,「これからおまえが俺のふるさとや!」という名台詞を言って終わったかと思うと,年始一発目には,その後のなんともとぼけたやりとりが明かされる.
また,第25週最後には草若邸お別れ落語会で常打ち小屋の光明が見えたかと思うと,最終週冒頭では小屋の名前を巡って喧嘩から始まるのである.
最終回に至ってもやはり同じ.いろんな意味での母親になるという決意をみせたかと思えば,陣痛への不安から「どねしよ〜」で最終回が始まる.
普通の朝ドラならば,だいたい,最後1ヶ月で終わる気配をみせるものであるが,本作品はラスト2週でようやく結末の兆しが見えてきた.
この期に及んでまだ事件が起きるかという展開だった.
毎回,最後に流される「ただいま修行中!」の大トリは,喜代美の内弟子修行を描くために取材された,露の団姫(まるこ)と大師匠にあたる露の五郎兵衛だった.
露の五郎兵衛の弟子に上方落語史上初の女流,露の都がいる.

天満天神繁昌亭の計画が持ち上がって上方落語の盛り上がりを見せ,繁昌亭オープン一周年のタイミングでドラマが始まったわけであるが,上方落語を知らない人には,楽しみ方やネタの紹介といった入門編としての一面もあり,少し知っている人には脚本・演出に隠されたネタを楽しみ,もっと知っている人には,実際の上方落語界に起こった出来事をかき集めてモチーフとしたフィクションとして見せていたという,どの段階のファンにでも楽しめる作品になっていたことに放送が終了した今,改めて驚かされる.
前回書いた,草若邸が落語の常打ち小屋として姿を変えることは,大阪天満宮に隣接しているという設定から繁昌亭になぞらえていることは想像できた.
しかし,四天王の一人の死後,その持ち家が寄席に変わるということも事実から得ていることには気づかなかった.
笑福亭鶴瓶師が売りに出されていた師匠の六代目松鶴の旧宅を買い取り,勉強会の会場として「無学」という多目的ホールに改装したことがそれである.
ほかにも,死期を悟った草若の「生きるのが怖い」発言=枝雀師が鬱病を指して「死ぬのが怖い病」と称したことなど,様々なことが思い当たる.

撮影終了直後の記者会見でチーフプロデューサーが続編に意欲をみせたことが一人歩きしてしまって少々騒動になったようだが,一ファンとしては続編が制作されることはとても楽しみだし,嬉しいことである.
しかし,物語の結末時点で喜代美は33歳,貫地谷しほりさんの年齢は22歳で10歳も隔たりがある,ほかの出演者も同様である.
続編となるとその後から再開されるわけだからちょっと無理があるんじゃないかと思わざるを得ない.
一つの完結した作品として置いておきたいという気持ちもある.

既に総集編の放送予定が5月に決定している.前後編で計200分,泣きのシーンに偏らず,ちゃんとくだらないギャグの部分もバランスよく配されていることを期待したい.

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