文庫化を待っていた作品である.
三十八年戦争の発端となる伊治公呰麻呂が主人公で,クライマックスはいわゆる“呰麻呂の乱”である.
熊谷達也氏の前作としてはその三十八年戦争の中心人物となる大墓公阿弖流為を主人公に据えた「まほろばの疾風」があったが,作品としてはこの「荒蝦夷」と関連は全くない.
その辺りが,同時代を描いた高橋克彦氏の「火怨」「風の陣」に比べて見劣りがするように思う.俘囚,蝦夷の生活様式については熊谷氏のほうがそれらしいのかも知れないが.
宮本武蔵を題材にしても吉川英治とその他ではまったく描きようが違うことと似ている.実際のところ同時代に生きたからといって,沢庵や本阿弥光悦と交流があったかどうかは信憑性に薄いと考え
ている.
作家によって各々どう解釈して創作を進めるかということであり,仮説がこうだったら物語はこう進むということであらすじが決まるのだろう.
史料の上では,この伊治呰麻呂はまったく謎の人物である.乱を起こしたあとの消息が全く知れない.
俘囚長で多賀城の「夷を以て夷を制す」政策に利用されていたこと,乱の際に,按擦使・紀広純,陸奥国造・道嶋大楯を殺害することくらいしかわからない.
史料にある,大楯が呰麻呂に対して蔑むような冗談を言ったようなことは本作には出てこない.
人物像としては,冷徹で残虐な策士で,かつ,民衆・兵には人望厚く慕われていることが,前半は遠田押人,後半は道嶋御楯の目を通して描かれる.
この辺りの時代の歴史小説を読むと必ず前後関係がわからなくなってしまうので,必ず高橋富雄氏などの論著を読んで史実上の前後関係を再確認しなければならなくなる.
しかし,現在以上に歴史学,考古学的に劇的な進展が期待はできそうにないので,このような歴史小説を読んで思いを馳せるよりほかないのだ.