まさかと思ってやってみたが,今まで何ともったいない事をしてきたのかと思った.
4杯分の珈琲豆を細挽きにしていつものように水出しをして漉し,その後の出涸らしをドリップの要領で2杯分淹れると,少々脂臭さが後口として残るものの,コーヒースタンドで飲むレベルは十分越えたものができあがった.
今まで,そのまま捨てていた水出し珈琲の出涸らしで,どのくらいの珈琲が出せるのかと,ふと思ったのである.
熱湯で浸漬法をしていると,良い味の成分は全部出し切ってしまっていると自負していた.
実際,かなり昔にいわゆる二番煎じをやったことがあり,顔を反射的にしかめてしまうような代物だったからである.
だから,今まで珈琲の二煎目など考えた事もなく,そこに凝り固まってしまっていた.
今までもったいない事をしてしまったという後悔と同時に,ひとつの壁を越えた爽快感もある.
水出しの美味しさを発見したとき,ドリップでも一定した味が出せるようになったとき以来である.
これからは水出しで珈琲を淹れるのも時間を考えねばなるまい.
後で喫む珈琲を時間のあるときに淹れておくのではなく,今,喫みたい珈琲とタイミングを合わせなければならなくなってしまった.